『受験必要論』林修著 書評 (1)

今回から「いつやるか?今でしょ!」で有名な林修先生が書かれた『受験必要論』の書籍レビューを数回に分けて行います。

本日はPart.1です。

本書を読んで私が気になった項目を幾つかピックアップして紹介するとともに、それらを踏まえた私筆者の意見を記していきます。

本書では、林修先生の長年における予備校講師経験をもとに、大学受験がなぜ必要なのか、大学受験は今後どうあるべきなのかが記されています。

私はこの書籍を自分の受験前に拝読したかったと非常に後悔していますが、これから受験する方々や、現在の大学受験制度に疑問を抱いている教育関係者の方々にはぜひ一度拝読して頂きたいです。

林先生の並ならぬ経験値をもとにした書籍ですので、書かれている一言一言に私は心を打たれました。

では見ていきましょう!

Contents
1.受験とは特権的な行いである
2.「積極的受験」 or 「消極的受験」
3.少子化が進む中、大学を見直すべきでは?

1.受験とは特権的な行いである

本書によると…

林先生が本書の冒頭で明記しているのは「受験とは特権的ものである」ということです。

私たちが受験勉強をできるということは、昔の時代の人々や経済的に貧困している人達には考えられないほど豊かなことだと林先生は主張します。

受けたくても受けれない、大学に行きたくてもいけない人々が多々いる中で、勉強をしたくないというのは甘えでしょうと。

やりたくないならやるなと。ただ、やるという限りは全力で真剣にやろうよと。

林先生も昔、ゼミの担当教授の方に提示された「必要な本のリスト」が合計で10万円を超えていたことに驚いたそうですが、その後、教授が放った一言に一層驚かされたそうです。
ある生徒が「高くて買えません」といったところ、その教授が「ならばこの研究会をやめてください。勉強は贅沢ですから」と静かに言ったのです。

~miyabiの意見~

筆者miyabiはこのような林先生の視点や教授の発言には非常に賛同するところがあります。

例えば、YouTuberの鴨頭嘉仁さんが以前動画で仰っていたことで「昔の人が今のスターバックスを見たら、ブチ切れるだろうね笑」というものがあります。

まぁよく考えれば当然のことだと思います。

例として、アジア太平洋戦争中における日本の人々は「賃金統制令」や「価格等統制令」、「砂糖やマッチに対する切符制」等の厳しい政府からの要求を飲み込まざるを得なかったり、戦後の日本でも高度経済成長までは貧しい生活が長らく続きました。
そんな中では、勉強をするということなどは二の次で、生活していくこともやっとだっとのだと思います。

それを経験した世代の人々や、日常的に勉強という贅沢に触れることができない人々の感情は計り知れませんし、今ある「勉強できる環境」に対してありがたさを感じるべきだと私も痛感します。

江戸時代の人は一生同じ村で暮らしましたし、さらに遡ると石上宅嗣が造った芸亭や北条実時の金沢文庫など、図書館ですら重宝され、一部の層しか利用できなかったのです。

そう考えると、どこにいても情報収集が可能で、Google Scholarを利用すればいつ何時も論文が読める時代において、勉強しない手はないでしょう。

私も行うことですが、今ある環境に苦しんだときには、歴史物の映画や映像を見たりします。
そうするとなぜだか、この人たち(願いが叶わなかった人達)のためにも全力で生きよう、と思えてくるのです。

日々の学びを大切に、皆さんにも生きていって欲しいです。


 

2.「積極的受験」 or 「消極的受験」

本書によると…

積極的受験 = 大学やその先でもう既にやりたいことが決定している場合の受験
消極的受験 = 自分の世界を広げる為にまずは大学に入ってみようとする場合の受験

どちらが良い悪いではなく、消極的受験であれど、大学は自分の視野を広げるのに役立つので、その為にいくのは全く問題ないと林先生は云います。

もう1つキーワードになるのが「責任」です。

林先生は、未だ高校卒業で直接企業に就職しても、いきなり社会に出てお金を貰うというのは非常に難しく、人からお金を貰う場合にはそれ相応の責任が生じますが、もし大学生ならお金を払う側なので、責任が免除された状態で自分の可能性を探せることがメリットとして大きいと云うのです。

能力がまだ未完成な中で企業に就職して、仕事が捗らないあまりに「給料ドロボー」だとか速攻クビにされることなど大学という環境ではないので、精神的にも自由を享受しながら自分の可能性を探せる大切な場所だと云います。

~miyabiの意見~

この点に関しても、以前から知っていることではありましたが、改めて大学生活の重要性を実感しました。
確かに、今すぐ社会に出て職を得て、自分の生活を設計しろ!と言われても、まだ自分とは何者なのかということや、社会的地位が確立していない状況で両立させるのは非常に難があると感じます。

現在の私の活動も、大量の時間が保証されているからこそできることでもあります。
重複しますが、勉強できない、大学に行きたくてもいけない人がいる中で、その環境に通える身を大切に、その恩恵を全面で享受しながら生きていきたいと感じました。

明日の生活が保証されていない暮らしをするのか。それとも4年間自分の将来を考える時間が与えられるのか。そのどちらを選ぶかは、今のところ(現社会では)勉強により大きく左右されます。

学ぼう。


 

3.少子化が進む中、大学を見直すべきでは?

本書によると…

昨今の大学希望者全入時代、大学の価値が薄れてきており、300点満点で合格点が35点という大学もあり、しかもその入試問題が非常に難しいわけでもないところがあったりするのです。

この状況で果たして、その大学群は「大学教育」の名に値するのか。しかもそこに対して政府からの助成金が支払われている。

そういう大学を徹底的に整理して、例えば京都大学の山中伸弥享受の研究費に充てた方がよっぽど良いのではないかと。

大学数の増加に伴って、生徒数が増えているわけではなくむしろ減っている。倍率は下がる一方。

林先生は(この書籍自体が2013年に書かれたものなので現状の意見を筆者miyabiは明確に弁解できませが)今は、内実を精査して、全体のあり方を見直すべき時期に来ていると云います。

そしてその精査が終了したら、今後は「(学力だけではない)違う物差しで能力を測る大学が出てきてもいいのでは?」と。

例えば写真を一つとっても、日本では本格的に写真を勉強しようと思うと、日本には高度な写真教育の場が不足しているがあまりに、結局たくさんの人が海外に出ていってしまう。

オリンピックであれほど盛況するのに、なぜか体育大学の数がまだまだ少ない。

A君は写真が好きだからあの大学に行くのかぁ、B君は勉強が得意だからこの大学に行くのかぁと、皆が自分の属する組織にプライドを持てる社会を構築すべきだと林先生は云います。
写真大学、映像大学を増やそうよと。

多々ある分野で、先進国である日本の生徒が海外に大量に流出することが悔しいことなのだと林先生は云います。

~miyabiの意見~

ごもっとも。

実業家の堀江貴文さんやその他の東京大学出身者がよく口にされている言葉ですが、今や東大受験者数の総数は減少しています。
にも関わらず入学者数の受け入れは昔と変わっていないのです。

よって、倍率の低下、入学者数の質の担保の難しさが発生しています。

(次回執筆する記事でも書きますが)受験生にとっては東大受験が楽になったので、林先生からすると入学自体は簡単になったと仰っています。

上述の意見は非常により分かりますし、筆者miyabiとしては「大学は本来研究機関であり、就職予備校かしている現状がもどかしい」と思っている立場なので、共鳴します。

300点中35点の大学があることにも驚きますが、名前のみ記入すれば入学できる大学群が厳然と存在している現代社会には全く意味を見出せません。

そこにお金を支給するくらいなら、本当に熱心に研究に取り組んでいる大学群に金銭を提供すべきであると。

話が変わりますが、入試や試験形態の多様化という面に関しては、近年、全ての入試をAO入試にすべきだという意見がありますが、私はそうは思いません。

評論家の宇野常寛さんが仰っていたことでもありますが、一般入試や学校における勉強(義務教育)は、往々にして生まれながらの環境などの不可変的要素を超越できる要素であると思うからです。

受験や大学入学という面に関してはある程度経済格差が生じることがありますが、それでもアメリカに比べれば今の日本は圧倒的に格差は少ないのです。

だからこそ、勉強で(家庭環境や経済力に関係なく)未来へと乗し上がれる環境を公教育として保証すべきであると考えています。

しかしその質は、先程述べたような乱雑な受験形式ではなく、より精査されたクリアで質の高いものにすべきであります。


 

最後は少し拡散的に話を逸らしましたが、議論は決められた枠組みだけで行うと非常に偏狭した事しか発言できなくなると思いますので、こういう方向性もありかと考えています。

全て〜に関係することを言ってください、と言われれば、この議題の範疇に収まっているから言おう!と思っていたことも人は疑いだしてしまいます。

林先生の著書『受験必要論』の書評Part.1でした!

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次回のPart.2では、より一層と本質的な部分に迫ります!

さらば!

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miyabi_kyosaka
教育実践キュレーター。慶應義塾大学在学中。NPO法人日本教育再興連盟ROJE所属。読売新聞学生記者。日本若者協議会所属。某 AO入試専門塾講師。N高等学校出身。|「未来は予測するのものではなく、この手で創る」をモットーに圧倒的行動で教育を一新しようと、教育ジャーナリズムの活動をしております。