『受験必要論』林修著 書評(3)

今回から「いつやるか?今でしょ!」で有名な林修先生が書かれた『受験必要論』の書籍レビューを数回に分けて行います。

本日はPart(3)です。

まだPart(1)とPart(2)をご覧になられていない方は、一度拝読してから今回の記事を読むとより一層と大学受験に対する理解が深まると思います↓

『受験必要論』林修著 書評 (1)

『受験必要論』林修著 書評 (2)

本書を読んで①気になった項目を幾つかピックアップして紹介するとともに、②それらを踏まえた(派生して色々話ちゃう)miyabiの意見を記していきます。

本書では、林修先生の長年における予備校講師経験をもとに、大学受験がなぜ必要なのか、大学受験は今後どうあるべきなのかが記されています。

私はこの書籍を自分の受験前に拝読したかったと非常に後悔していますが、これから受験する方々や、現在の大学受験制度に疑問を抱いている教育関係者の方々にはぜひ一度拝読して頂きたいです。

林先生の並ならぬ経験値をもとにした書籍ですので、書かれている一言一言に私は心を打たれました。

今回紹介する林先生の主張は、そのまま引用すると完全に違反なので、全て私が解釈し要約したものです。なので、(普通に大丈夫だと思いますが)もしわかりにくい部分がある方は、実際に本書を購入してその中身をチェックしてみてください。

では見ていきましょう!

Contents
1.上位層が常に受かる日本の入試は公平である
2.イメージ化、再イメージ化のために本を読もう!

 

1.上位層が常に受かる日本の入試は公平である

本書はこう伝えます↓
(林先生の言葉の直接引用ではなく、筆者miyabiが言い換えてます)

階級差別や写真審査もなく、記入した答案用紙のみだけで採点を行う日本の受験システムは公平です。

例えば、東大をトップで受かる人間が早稲田にほぼ100%合格できるのはなぜでしょうか。シンプルに”公正だから”です。

東大に上位で受かる生徒が上智や早稲田に滑るとなると、それは公正な入試システムとしてどうなのかと疑いたいものです。

一方で、ボーダーに位置する生徒に関しては、毎試験ごとに合否が変わります。いわゆる「当たり外れ」というものです。

ただ、上位から3分の2の層が何度行っても合格する試験であれば、ある程度信頼はおける入試なのです。よって、今の日本の入試システムは公正といえるでしょう。

特に国立大学では入試科目数が多い分、1つの基準で能力を測定する訳ではありませんので、全て受けることによって、得意科目が(コンディションの変異による)得点のばらつきを補正できる点があるのです。

能力があって準備ができている生徒は間違い無く合格します

〜miyabiの意見〜

林先生が仰る通り、受験勉強という枠組みにおいて、1つのペーパーのみで能力を測定する今のシステムは確かに公平です。

しかしながら、この書籍が2013年発売ということもありますが、実際に今の社会で求められている人材は全く違うものだとmiyabiは思います。

今の社会、すなわちSociety5.0的な範疇で求められているのは「異質性」だと思います。

既存のレッドオーシャンを必死に駆け巡る争いに身を置くより、新たなる境地を開拓し、自身で率先して社会を動かしていける人材だと思います。

20世紀における工業社会の歯車的人材が不要になったことは言うまでも無く、発想力や創造力が求められているのです。

その経緯は話し出すとキリがありませんが、1つ分かり易い例を挙げるなら「AIによる中間層の代替」です。

発展途上国が先進国に移行する際に大きな支えとなるのが、この中間層と言われる存在です。いわばサラリーマン、ホワイトカラーです。

しかしながら、彼らの作業は基本的に事務中心で、特に会計や税理等の計算機系を活発に利用する分野などは極めてAIが代替しやすい分野になっています。

今後は、それらの仕事を全てAIが取って変わってい口のです。
そして、中間層が没落していくのです。

その後、社会が2分化される可能性が極めて高いのです。

AIを使う側とAIに使われる側。

このような社会に突入しつつある現代において、工場を模した現行の学校教育を捉えるならば、組織の歯車として機械的作業である単純暗記や計算処理等の能力を競い合うような受験をやっていても、活躍できる人材を生み出すことはできないのです。

なぜなら、AIにできないのは「自発的に発想すること・創造すること」であり、その他の事務的諸作業は全面的にAIが代替可能なのです。

Aという、計算が必要な題材を解け!と言って、人間がプログラムを構成し、AIに実行させることはできます。しかし、人間が何もしなければ、AIが作動することは実質的にあり得ないのです。

だからこそ大切なのは「どの問題を解くか」「どうやって解くか」「誰のために解くか」などの発想力であり想像力なのです。

話を戻すと、林先生が本書籍で語っている「日本の受験システムにおける公平性」は確かに存在します。しかしながら、それはあくまで工業社会において必要な機械的人材(言われたことを言われた通りに実行する人材)を育成するには必要だっただけであり、且つその選抜において公正なだけのものと言わざるを得ません。

なぜなら、今の社会は、その受験システムが育成すべき人材像の土台の部分から、かつての工業社会と異なるからです。

なので受験生たちは、公正だから受ける価値があるのでは無く、公正であれ非公正であれ、その大学を受け合格した先に何が待っているのか、その大学ではどのような21世紀(現代)の社会構造に則した教育が為されているのかを、十分に見極めるべきだと思います。

周りの人に流される = 常識を疑わない人です。

人と違う人は、周り(人と同じことをよしとする人々)から見ると異質であり、ネガティブキャンペーンをうたれるかもしれません。

しかし、時代は常にマイノリティが動かしていくものではないでしょうか。

明治維新の頃、国家のために毎日死に物狂いで稼働した人間は何人いたでしょうか。数少なかったと思います。
なんせ当時は情報技術が発展していなかったので、同志を募ることも難しければ、クラウドファンディングなんて存在するはずもない世界ですから、内輪で必死にやっていくしかなかった時代です。
それでも圧倒的な産業生産と技術革新によって日本は一躍近代化を果たし、列強の仲間入りを果たしました。

そうなんです。気づいた人がやるかやらないかだけだと思うのです。
私が毎日教育について研究しているのも、気づいた人間だからなんです。気づいた人間にしか起こせない行動があるんです。

今回の書評記事を読んだ人は、ぜひ一歩踏み出して、異質な人(人と異なる行動をとり、社会を前に進める人)になってください。私もその1人です。
心から応援します。

2.イメージ化、再イメージ化のために本を読もう!

本書はこう伝えます↓
(林先生の言葉の直接引用ではなく、筆者miyabiが言い換えてます)

どれだけ時代が移り変わって技術が変化しても、やっぱり、活字で書かれた物事を頭の中にイメージして広げるというのは、今のところ必要不可欠だと思うのです。

今のところと敢えて言ったのは、もしかすると将来それが何かに代替される可能性が残っているからです。

「人間の進化の歴史が「外部化」の歴史である」というのは科学史の大家である村上陽一郎先生がおっしゃっていたことです。

どういうことかというと、例えば元来、人間は足で移動することが一般的でしたが、自動車の発明によって、移動という行いを人間の外部に放出した訳です。
電子計算機も同様で、計算や暗算というものを全て人間の体から外部化したのです。

だから、「今のところ」と思っている「イメージ化」も今後何かに代替されてしまう可能性があるので、敢えてそう言いました。

そうしたことはとりあえず置いておいて、少なからず現段階では、イメージ化、そして頭に浮かんだイメージを更に連結、離散集合、再配置する等の再イメージ化的な鍛錬は、読書が一番やりやすいのです。

イメージ化や再イメージ化とは、例えば、桶狭間の戦いでは「勝:織田信長、負:今川義元」、本能寺の変では「勝:明智光秀、負:織田信長」などとグループ化することです。
そして、更にそれを「敗者」という概念で統一すれば、桶狭間の戦いにおいては勝と負の関係だった織田信長と今川義元が同様のカテゴリーに入る訳です。

このように、活字をdeparture point(出発点)として、脳内に無数のイメージを展開できるのが読書です。一種の概念ゲームに参加できるのです。

加えて、読書におけるイメージ化や再イメージ化は、活字をベースに「自分で考えて」行わなければならないので、読んでいない人と比べて相当な力の差がつくのです。

漫画では、絵があることでそのワンステップが飛ばされています。
ゲームでは、絵と事前のイメージ化により、ツーステップ飛ばしたイメージ化が既に行われてしまっています。

なので、相対的にどれが「一番頭を使うか」と問われれば、間違いなく読書でしょう。

〜miyabiの意見〜

この意見は非常に面白いですね。

1つ目に面白いのは「人間が行為を外部化してきたこと」です。

それは、私なりに言い換えるとすれば、人間は楽をしたい生き物であり、楽をするために様々な科学技術や機械を開発しているということ。

ということは、これは先ほどの「日本の受験システムが公平か否かの前に、社会構造がAI化・自動化へと変容しちゃってるよ」という話につながります。
なぜなら、人間がAIを作ったということは、AIによって楽をしたかったからと言えるからです。
つまり、巷で叫ばれている「AIに仕事が奪われる」的な論調は(考え方として、あくまでも考え方としては)根本的に間違っているのです。

人間が行為を外部化して楽をしてきた生き物である限り、AIの誕生はあくまでも「人間を楽にする」のです。

しかしここで注意点を上げておきたいですが、全ての人が楽になる訳ではありません。「考え方として」ということを強調したのはなぜかというと、実際にAIに代替されにくい生業を持つ人々は今の状態で良いですが、いわゆる「〜工」と言われる名前の職業の人々や、その他の(先ほど述べた)事務系の人々、法律家、弁護士等々は急速に取って変わられる可能性が高いのです。

ではそんな中、何をすれば生きていけるのか。それは「AIにできないこと、他人に真似できないこと」をすることだと思います。

「AIにできないこと」とは、先ほどあげたクリエイティビティを高めることであったり、物事の経験量を増加させ、発想力を磨くことです。

「他人に真似できないこと」とはつまり、希少性をあげよう!ということです。これは今も昔も変わらない普遍的なビジネスにおける重要事項だと思います。

教育改革実践家の藤原和博さんなどは有名ですが、「あなた自身の市場におけるレアさ」が市場価値に直結するのです。だからこそ、現在私も精を出していますが、自分だけの情報発信を極めたり、80%と80%の能力を掛け合わせ、今より活動範囲を広げ、Aという職業とBという職業を組み合わせて、自分が新たな先行者である領域を作ったりしていきましょう。

以上の2つを同時並行して行うことが大切だと思います。

2つ目は「イメージ化」です。以前メンタリストのDaiGoさんが上梓された著作『超効率勉強法 最短の時間で最大の成果を手に入れる』というもののレビューを書きましたが、その中で登場する「チャンク化」とほぼ同意義だからです。

やはり、頭が冴える人は「物事を自分でイメージして分類し、カテゴリーごとにストックしていく」ことが上手だと思いました。

一流講師の林先生、メンタリストのDaiGoさんが積極的に実行されているので、真似しない手はありませんし、実際私も受験勉強の頃やりまくってました。

私の場合は、自分の中に浮かんだイメージを書き出し記録していましたが、これからドンドン受験勉強をしく人や社会人で勉強熱心な方には本当にオススメです。

「イメージ化・チャンク化」の効果について詳しく知りたい方は、ぜひこの記事を↓
『超効率勉強法 ~最短の時間で最大の成果を手に入れる~』DaiGo著 【書籍レビューPart.1】


 

今回のPart(3)はいかがでしたか?

AI時代を生き抜く手掛かりとして、読者のあなたに少しでも貢献できれば幸いです!

では、次回のPart(4)もお見逃しなく!

さらば!

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miyabi_kyosaka
教育実践キュレーター。慶應義塾大学在学中。NPO法人日本教育再興連盟ROJE所属。読売新聞学生記者。日本若者協議会所属。某 AO入試専門塾講師。N高等学校出身。|「未来は予測するのものではなく、この手で創る」をモットーに圧倒的行動で教育を一新しようと、教育ジャーナリズムの活動をしております。