その校則、学校に関わる全ての人が説明できますか?

 みなさんは、自分は通っている学校の一員だという意識はありますか?

 私は、現在は多少なりともあるのですが、小学生のときは自分が学校の一員だという意識は全くありませんでした。当時と現在では、自分たちが何かをしたい・変えたい・作りたいと思った時にそれができるかどうかという点に違いがあるのだと思いました。

 学校運営において自分たちの意見がどの程度反映されるかというのはとても重要で、「帰属意識」に大きく関わってくると思います。この帰属意識と学校の関わりについて深く知りたいと思い、私は現在、学校の授業で「校則を変える手段を手に入れることで生徒の帰属意識は高まるか」というテーマで個人探究をしています。これは、生徒にとって絶対的な存在である校則を変える手段を持つということで、学校に対する帰属意識は変化するのかという研究です(種類にもよりますが、帰属意識は高いと良いという前提のもと研究を進めています)。

 この研究を進めていく上で、いろいろな本を読んだり、オンラインイベントに参加し、様々な人の意見を聞くことで大きく教育に関する考え方が変わりました。

 今回は、校則と生徒指導について書いていきたいと思います。

 何のための校則?

 私は、元々人一倍「縛られたくない!」「自由に過ごしたい!」という気持ちが強いことから校則には興味があったのですが、本や記事を読んでいく上で、こんなにも校則に苦しめられている中高生がまだいるのかと、校則について詳しく知りたいという気持ちがますます強くなりました

 ちなみに、私の通っている学校では中学1年生の時に「校則検討プロジェクト」というものができ、各クラスごとに校則について話し合い、その年度の終わりに全校生徒による投票が行われ、校則がなくなりました。

 現在、多くの学校では、「校則」「生徒心得」があります。この中には、ブラック校則と言われるものまであります。ブラック校則をなくしていこうという動きがありますが、そのムーブメントの恩恵を受けられているのは一部の生徒で、まだまだ多くの生徒が校則を意識し、日々生活しています。

 みなさんは校則がなぜあるのかを考えたことはありますか?多くの生徒にとっての絶対的なルールであり、内申などにも関わってくる校則が何の意味もなく作られたなんてことはありません。校則が作られた背景にはきちんとした理由があり、校則を運用していくことのメリットが大きかったため、現在でも多くの学校で作られた当時からほとんど変わることなく利用され続けてきました。

 例えば、服装や頭髪に関する細かすぎるルール。これらは、1970年代ごろ非行や問題行動が増加し、細かくルールを定めることで学校をスムーズに運営しようという風潮が高まり,校則による管理が強まったものが残り続けているというタイプの校則です。昔は、個人の自由を制約してでも集団で得られるメリットの方が大きかったですが、個人の権利や個性を大事にするこの時代でも、当時の校則をほぼ変えることなく運用しても問題ないのでしょうか?時代によって必要な規則は違いますし、いらないものは無くしたり、必要なものは付け加えたりと、ルールも時代や社会の風潮に合わせて変えていく必要があると思います。

 近年問題視されているブラック校則ですが、なぜそのほとんどが残り続けているのでしょうか?ブラック校則が存在し続ける理由として、

・教員が生徒の管理をしやすくするために校則が作られた当時からほぼ変わることなく現在も使用されている

・保護者・地域住民からの申し入れにより新しくできた

という2点が挙げられると思います。そもそも校則に限らず規則とは、そこに所属する様々な人たちがお互いの多様性を認め合ったり、個人の権利や尊厳などを守るため、つまりみんなが自由に生きていくため(生きやすい社会を作るため)にあるのだと思います。学校は勉強をしたり、人格を形成するなど、生徒が成長するための場所であるはずです。それなのに、教員が管理しやすいからという理由で時代に見合わない校則を使い続けたり、地域や保護者からクレームがくるからと新しい規則を作るのでは、校則(規則)がある本来の理由を見失ってしまっていると思います。そんな今だからこそ、その校則は誰のためにあるのか、個人の人権を制約したり尊厳を傷つけていないかなどを見直す必要があると思います。

 生徒指導の問題点

 次に生徒指導についてですが、生徒指導はブラック校則と密接な関係にあり、これにも大きな問題があると思います。生徒指導というと厳しく生徒を管理するというイメージを持たれる方も多いと思うのですが、文部科学省の『生徒指導提要』には「生徒指導とは、一人一人の児童生徒の人格を尊重し、個性の伸長を図りながら、社会的資質や行動力を高めることを目指して行われる教育活動のことです。」と生徒指導について定義しています。これに沿って生徒指導をできている学校は果たしてどのくらいあるのでしょうか?生徒を管理するためではなく、生徒が成長していくための手助けとなるような生徒指導はできているのでしょうか?

 また、生徒指導における問題点として、情報共有ができていないことが挙げられると思います。生徒指導に関する情報には様々なものがあるのですが、生徒指導を行う上で、

・そもそもどのような生徒を育てるために指導を行っているのか

・今行っている指導は本当に育てたい資質のために役に立っているのか

・それぞれの教員が行っている指導に一貫性があるか

という3点において情報共有ができているかが大事だと思います。

 そもそも「どのような生徒を育てるために指導を行っているのか」というのはとても重要で、生徒指導の核となる部分だと思います。学校としてここがきちんと定まっていないと、その次のそのためにどういう指導を行っていくのかという議論に移ることが難しくなります。

 続いて、現在行っている指導は学校で共有されている「こういう生徒を育てたい」という目標に沿った指導を行っているかを考える必要があります。育てたい生徒像が決まっているのなら、そこに持っていけるような指導をする必要があります。ですが、ここで留意すべき点は、その指導は教員の自己満足になっていないか、本当に生徒のためになっているかという点です。たとえ教員が生徒のためだと思ってやっていることでも、もしかすると、本質をとらえた指導ではない可能性があります。また、目的が手段となってしまう自己目的化にも注意が必要です。「こういう生徒を育てたい」というもとで、作られたルールが、いつしか、そのルールを守ることこそが目的と化してしまっているなんてこともあります。

 そして、これらのことは、教員間で必ず共有されている必要があります。それぞれの生徒指導の仕方があまりにも違いすぎると、生徒は混乱し、どのように行動していけば良いのかわからなくなってしまう可能性があります。これを防ぐために生徒指導の方法を統一する必要があり、そのためには、学校全体でどういう生徒を育てたいかを明確にし、共通認識を持っておかなければなりません。

 理想の生徒像をつくり、そのための指導方針を決めることも重要ですが、それを学校内外で共有することもとても大事です。ここで重要なのは、外部(地域住民など)にも積極的に、学校の方針を知らせていくということです。もちろん教員・生徒・保護者で情報が共有できているのも大切なことです。しかし、学校は、内部の人間だけではなく、地域とうまく連携をしていくことで、より良い課外活動や生徒指導が行えるのだと思います。そこで、情報が伝わりにくい外部にこそ積極的に学校の方針を発信していく必要があるのです。

 校則・生徒指導にかかわらず、学校教育改革の話になると、「理不尽なことなんて社会に出たらたくさんあるのだから、理不尽に耐える力をつけるのも学校教育の一環だ」とおっしゃる方がいます。確かにそういう考え方もあるのでしょうが、それでは理不尽を再生産してしまうだけです。これからの時代は、理不尽なことに耐える力よりも、おかしいと思ったことをおかしいと言え、それを周りの人を巻き込みながら解決していける力の方が必要になってくるのではないでしょうか。

 最後に、規則を守る力があるというのはとても大事なことであり、校則はその力をつけてくれる重要なツールであると言えます。また、生徒に自制することを学ばせてくれるのも校則です。ですが個人の権利を無視したり、尊厳を傷つけずとも、生徒に規則を守る大切さ、自制することを学ばせる方法はあるのではないでしょうか?同様に、生徒指導も生徒を管理するという考え方から、生徒がよりよく成長していくために行うという考え方に切り替えていく必要があります。そして、そのためには学校で理想の生徒像を定め、学校全体で共有しておく必要があります。

(執筆:深本晃那)

【出典】
文部科学省『生徒指導提要』より「第1章生徒指導の意義と原理」https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1404008.htm(2020年9月16日確認)


執筆者:深本 晃那 Akina Fukamoto

【Profile】
・青翔開智(中学校)高等学校2年

【Comment】
 今回、記事を執筆することで、自分の中にあった校則に対する思いをまとめることができました。校則・生徒指導の問題点について書いてある記事はたくさんありますが、その中のひとつとして、「こんな考え方もあるのか」と読んでいただければと思います。この記事が、皆さんに校則を考えていただくきっかけになれば幸いです。

Facebook:深本 晃那

 

 


 

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miyabi_kyosaka
教育実践キュレーター。慶應義塾大学在学中。NPO法人日本教育再興連盟ROJE所属。読売新聞学生記者。日本若者協議会所属。某 AO入試専門塾講師。N高等学校出身。|「未来は予測するのものではなく、この手で創る」をモットーに圧倒的行動で教育を一新しようと、教育ジャーナリズムの活動をしております。