ママをやめてもいいですか?

 先日、『ママをやめてもいいですか?』という、豪田トモ監督作、大泉洋さんがナレーターの映画作品をVimeo(VOD=ビデオンデマンドサービス)で視聴しました。

 

 この映画では、子育てに励むママさん達の日常生活に焦点を当て、夫との育児分担に関するお話や、産後うつに関する統計的データを踏まえ、実際に産後うつを経験した方々にお話を伺い、その後の生活に密着する様子などが映し出されていました。

 今日はその映画を視聴して感じたこと、そして、日本の母親支援制度、並びに育児問題について掘り下げて考えてみます。現在の母親に対する支援制度や子育てへの支援制度、その他の育児を取り巻く環境に疑問や改善点を見出しているママさん、あるいはお父さんやその子供たちに拝読していただきたいです。

 最初にお伝えしておきますが、私は一大学生で男性であり、今の所必ずしも育児支援制度に関して熟知しているとは言い切れません。しかしながら、今回の視聴にあたって様々な知見や資料を参考にしたので、その上で話を展開したいと思います。

 よく聞く話で「お前にママの気持ちなんてわかるか」という人がいますが、それはあまり好ましくないと考えています。なぜなら、スポーツも一緒で、その様に新参者を一辺倒に批判していると、所謂「にわか」と呼ばれる人間が存在しなくなるので、ファンや参加者、当事者としての母数が減少して、そもそも世の中から注目される度合いが低下してしまうからです。数の力は本当に強く、数を束ねて問題提起をすることは、その問題を取り扱う政府当局や民間企業に対して、大きな力となるのです。

 だからこそ「お前なんか」と参入者を罵るのではなく、穏やかに受け止めて、一緒に問題を解決しましょうという雰囲気を醸成していくことが大切だと私は考えます。よって、私という一人間の意見であれ、たった数分、少しだけ耳を傾けて欲しいんです。

 全く子育てや育児に関係のなかった人でも、この映画やその感想記事を通して、新たに関わり合える環境があれば、それだけでも非常に素晴らしいと思います。

 この記事を執筆するか否かは非常に悩みましたが、自分でお金を払ってこの映画を見れた経験は一生ものだと思い、家事育児に関しては専門家ではありませんが、今私が知る限りで提案できることを共有させてください。全て母親さん、ママさんの視点に立つことは、物理的に出来ませんが「母親に育てられた子供」としての意見も混ぜ込みつつ、「社会で起きる事象について考えるのが大好きな」私なりの見解を述べたいと思います。

77%のママが、ママをやめたいという事実

 まず、映画の冒頭あたりで紹介された「ママをやめてもいいですか?」というインディゴ・フィルムズの調査に対して、「はい」と回答した人の割合が77%も存在していたことに大いに驚きました。※先程記載した、『ママをやめてもいいですか?』の公式サイトの動画でも確認できるので是非拝見してください。(「はい」の内訳:たまにある、思ったことがある、毎日のようにある)

 まぁ実際のところ、私が母親と生活をしていた頃を振り返れば、母をやめたいんだろうなと感じる瞬間は幾度となくありましたし、逆言えば、ある程度自分が成長した時には、その負担をどう支えようかと熟考した時期もありました。今回のフィルムでは、幼児期の子供たちを支える母親さん達にスポットが当たっているので、やはり、まだ子供に自我や自制心が醸成されきっていない段階における育児の辛さを痛感しました。

 この映画の様子を見て、男性陣や女性だけど母親ではない人が驚くであろう場面は「幼児期の自分ってこんなに自由奔放だったんだな」ということであり、「これじゃ当然母親もしんどいし、一日中子供につきっきりは本当にキツイかも」と考えるはずです。私も実際にその様に感じたし、そう感じた一番の要因は「その当時(幼児期)は母親に掛かる負担について考えもしていなかった」ということだと考察しています。後になって知って、腰抜けて驚き、母親の苦労や努力、尊敬できる素晴らしい育児を目の当たりにするのです。

 概して、私はこの映画に非常に感嘆させられ、感動しました。
 以後はその中で感じた、日本の育児における問3つの問題点を分解してお伝えします。そして、1つ1つ、私の考える対策方法を幾つかご紹介します。

 その際、例えば「一人っ子か複数人の兄弟か」や「平成、令和何年生まれか」的な具体的前提を定義しても良いのですが、全てを考察すると時間が甚大になるので、あくまでも、映画の中で集中的に焦点を当てられた事柄をある程度抽象化した上でお伝えします。

①乳児期・幼児期段階における子育て問題

 上述した事柄と関連して、1つ目の問題は
 子供が乳児期・幼児期段階における母親の子育て問題です。
 なぜ乳児期や幼児期と具体化したかというと、青年期等の子供がある程度成長し、自我を確立し始めた段階での子育てとは、母親に掛かる負担が全く異なるからです。

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 小学校高学年や中学生になれば、ある程度子供も他者との関係性の保ち方や、母親に掛かる負担(炊事洗濯等)を可能な限り減少させてあげよう、と思える瞬間が子供自身に訪れる可能性が高く、親御さんの方からも「少し家事を手伝ってくれないかな」と相談を持ちかけることが可能でしょう。Aという日は長男が洗濯を、Bという日には次女が皿洗いを、と言った具合に。

 しかしながら、乳児期・幼児期の子供にそれらの相談を持ちかけることは、単純に言語的な壁(子供に理解してもらえないという壁)があると共に、仮に当番を指定して、この日は〜を行ってねと教えたとしても、その遂行が確実に成功するとは言い切れないので、もし失敗した場合にそのリスクを補填するのは母親自身になってしまい、結局家事の総量が増えてしまう可能性があります。よって、そもそも子供に意思疎通が完全に通り切らない段階、乳児期・幼児期の段階の子育てがかなり大変であると言うことができるのです。

 対策:後ほども述べますが、まず1つ目に出来る事としては、そもそも普段大人が使っている言葉を介して完全に分かり合う事は不可能だと認め、非常に容易な言葉で話すことを心がけることです。

 教育評論家の親野智可等先生が仰るには、赤ちゃん言葉を使ったベビートークを利用したほうが良いのだいうことです。

 

 犬→わんわん、車→ぶうぶ、お兄さん→にいになどです。

 この理由は、学術的な研究で明確に結論が出ているのです。
 アメリカのWashington大学とConnecticut大学の共同研究によって、赤ちゃん言葉で話しかけられた赤ちゃんの方が、早く、かつ豊富で沢山の言葉・用語を覚えるということがわかっているのです。

 この研究ではまず最初に、1才児26人とその親を観察しました。
 そうすると、その時点で既に、親が赤ちゃん言葉を使っている子の方がよく喃語を発するという事実が確認できたのです。
 「喃語」とは、「あぶう」「ばぶばぶ」「まんまん」等の、赤ちゃんが言う、意味が付随されない音声です。※喃語の発生は、赤ちゃんが意味の内在された言葉を発する前段階であり、言葉を発したい!意欲の表れでもあり、練習の意味でもあると言います。
 そして次に、子どもたちが2才になった段階でで再調査を行いました。その時、親が赤ちゃん言葉を使って話しかける機会や場面が多かった乳児は、平均で433語の言葉を獲得していたのです。翻って、親が赤ちゃん言葉で話しかける機会や場面が乏しかった乳児は平均169語の言葉を獲得していました。前者の語彙力は後者の約2.6倍という大きな差分だと言えます。

 親野智可等先生の考察によると、親が自分の理解できる言葉を発してくれて、自分と共感できるポイントがあると、子供はシンプルに嬉しく、もっと覚えようという気になるという事です。考えてみればその通りですね。

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 なので、大人同士での会話にある難解な言葉ではなく、赤ちゃんでも理解できる良いな言葉、文章を使う様に心がければ、非言語的コミュニケーションの壁が多少緩和されて、それに対するストレスレベルが減少する可能性が高いのです。

 私の研究している「学び」についても同様ですが、学び始めの導入でいかに「楽しい」と思わせるかが大切なのです。これを見てくださっている親御さんは「初めから普段使用する世間一般的な言葉で話しかけた方が楽ではないか」と思うかもしれませんが、話す事自体が楽しいと感じる為にはやはり「やった!会話できた!」と思える瞬間を子供に持たせてあげる事が肝要なのです。勉強と同じで、楽しいと思える科目でないと人はやる気を失ってしまうんです。

 しかしながら、いつまでも赤ちゃん言葉を利用するのは子供の将来において社会的生活に支障が出てくるので、ある程度の段階で普段通りの言葉に切り替えましょう。

 2つ目に出来る事は、絵本やイラスト、絵柄を利用する事です。

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 下記に記載した『EhonNavi』などの情報リソースを利活用して、子供が母親や子育てのことに関して触れ合う機会を多く持ってあげることで、子供が生まれる仕組みや、子供は周囲にどう見受けられているのか、母親や父親とはどの様な存在なのかを子供と共有することが可能になります。

 

 硬い本を読み聞かせるのではなく、子供が直感的・感覚的に理解できるイラスト混じりの絵本を活用することで、子供との意思疎通を図りましょう。
 上載の『EhonNavi』では豊富な絵本のジャンルが紹介されており、「子供に知ってほしいこと」や「学んでほしいこと」を伝えるのに最適な絵本が陳列されています。

 この様なサービスを使うも良し、自作の絵本やイラストで子供と意思疎通するのも良し、簡易的で理解し易い接し方を試みることが重要だと言えるでしょう。
 乳児期や幼児期の子供たちは、言語的コミュニケーションだけで理解し得る世界観がまだ小さいのが実情なので、その事実も踏まえつつ、共通項として分かり合える物事を創っていく事が重要になると思います。

 上述した様な、子供との良好な関係性を保つ為のツールを活用することで、幼い子供でも接点が生まれ、通じない!なんで!というストレスが多少なりとも解消される部分は大いにあると論じます。

②祖父母や親族の協力が得にくい家庭問題

 問題の2つ目は
 祖父母や親族の協力が得られにくい家庭問題です。

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 例えば、後半に焦点が当てられているママさんは、幼い頃に、自分の母親が急に家を飛び出し、その後は母親と生活できず、自分が捨てられたのではないかと思う経験をしたと言います。なので、現在は育児をする中で「母親に協力しよう」と思える瞬間、「実家に帰るね」と言える瞬間がなく、(一般人はある程度感じる)故郷や祖父母との関係性を懐かしむという精神的な心地良さや、明日はおじいちゃんおばあちゃんに子供を面倒見てもらうねという育児を代行してもらう行為も経験できないというなのです。それはつまり、親族の連帯性とも言える育児の分担が不可能であるということ。

 加えて、父親がそのママさんの話す言葉をスマートフォンを触りながら聞いていたり、外出してランチやママ友の集まりに出かけようとしても、子供がいつ何をしだすか不明確なので、人の邪魔にならないかと心配で外に連れて行けないというストレスも感じていたと言います。ただでさえ、一般的な家族であれば可能な、育児の親族間における分担が出来ないという状況で苦しいのに、家庭環境的にも不安や疲労を抱えているのです。

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 正直見ていて心が痛くなりました。地域での連帯や、親族間の連帯ができないことで感じる苦痛はやはり厳しいものがあると。その上で、父親やその他地域コミュニティでの育児協力の必要性を強く実感しました。

 対策:一応前提として(違う視点として)、祖父母の母親に関する影響度合いに関して、挙げておくべき研究があります。2011年に島根県立大学の狩野鈴子教授が行った『祖父母の育児支援に関する文献概観』によれば…

親と子の世代の価値観の相違,伝える側,伝えられる側の意識の違い, 祖父母から母親へ伝えられていることの実際, 支援の実態について様々な側面から関連を見る必要性があること,そして改めて祖母から母親への伝承の影響の大きさを再認識した。また祖父母世代が育児を行ってきた時代背景の理解の必要性,祖父母の育児支援への戸惑いや負担感 を理解する視点も重要である。時代と共に社会の価値観が変わり,文化が変わりそれによって個人の考え方も変わるであろうが,親になり, 子どもを育てていく上で失ってはならない要素は何であり,それをどのように伝えていくのかが今後の検討課題である。
from:http://izumo.u-shimane.ac.jp/department/03izumo/0002.html

 子育てにおいて、(ママさんの)祖父母が与える影響が大きいということに加え、その祖父母が当時行っていた育児方法やそれを取り巻く時代背景について理解するべきという指摘が為されていますが、その意味で言うと、連帯する事は必ずしも良いとは言い切れない部分があります。例えば、極道的な育児方法、日常的な虐待が繰り広げられた家庭で育ち、それを良しと考えてしまうことで、自分が産んだ子供にも同等の試練を与えてしまうという可能性もあるので、一概には「親族との関わりを重要視すること」が肝要だとは言い切れません。

 しかしながら、話を戻すと、この「祖父母や親族の協力が得られにくい家庭問題」はどちらかというと、分担できるか否かという側面の問題なので、そこについての対応策を上げておきます。

 まず1つ目は、地域コミュニティに所属して、その中で分担できないかを探ることです。今はネット環境さえ整備されていれば、様々な見地を入手することが可能な時代です。例えば、キュレーションメディアのNewsPicks発「母親アップデートコミュニティ」などは有名です。

 

 今すぐにでも子供を預ける必要がなければ、現代のSNSの利便性を活用し、この様なコミュニティに参加、または開拓することで、人脈を増やしたり、同じ地域に住んでいる住人に出会うことも可能です。そして、その繋がりの中で知った地域独特の育児支援制度などを使って、託児所や保育所に子供を預けることも可能です。

 言わば、人脈や活動範囲を増やすことで、新たに手に入れることのできる情報は数多とあるので、それらを利活用しましょうということです。私は当然経験したことはありませんが、私も一応数々のコミュニティに参加している身として、(祖父母だけでなく)地域の住民さんとつながることで生まれるat home感や安心感は凄いです。そうやっていつでも頼れる仲間を見つけることで、分担できない!という負荷を軽減できる可能性は十二分に高まります。

 2つ目は、育児・家事代行サービスを利用することです。

 ベアーズなどは、家事代行、ハウスクリーニング、ベビーシッターに関して一流ですし、関西圏での展開も豊富なので、活用することで家事育児の負担を軽減できます。その中で、最適な「お任せ時間」を探り、この日とこの日の~時は絶対育児をしない!と自分の中で規定してしまっても良いでしょう。

 

 全てを母親が行うべきという固定観念を捨てない限り、多分一生お子さんの横にいるママになると思います。なので、思い切ってこの様なサービスを利用してみることも、親族系統に頼れない場合の家事分担としてはアリでしょう。

 後ほど紹介するYouTuberカジサック(キングコング梶原)さんのお嫁さんも「最初は地元が離れていてお友達がいなくて、一日中子供とだけ会話していたので辛かった」と話されていますが、その後、幼稚園に入ってママさんとの繋がりが持てた事でかなり負担が軽減し、長男としっかり会話できる様になって良かったと話されています。時間の経過で少し楽になる部分はあると思いますが、早いうちからコミュニティや、その「悩みを吐き出せる場所」「頼れる場所」を模索することが大切になると思います。

 もう1つこの動画で大切なことは「子供にママの感情をしっかり伝えること」だと思います。対面して子供に怒るのではなく、しっかりと自分の思いを話すことで、子供も大人が思っている以上に理解してくれる場面が多くなると思います。意外と話せば理解してくれる面は大きいと思います。私も幼い頃に母親から相談された経験は今でも覚えていますし、その当時も話の内容はある程度理解していました。

 人との繋がりを増やし、相対的に悩みやストレスを減らしながらも、厳しい時は家事代行を頼んでみるというのは1つの方法として全然可能だと思います。

③母親が孤独化する問題(子供といるのに)

 3つ目の問題は、母親が孤独化してしまうという問題です

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 可愛いんだけれど、離れたいという事実であたったり。一日中家で子供の世話をしていると、一見人と一緒にいるので安心していると思われるが、実際は孤独を感じているという事実であったり。全ての母親が本音で事情を語ってくれているからこその描写とその意見の力強さでした。

 この母親の孤独化問題は、先ほど1つ目の問題でも取り上げた「非言語的コミュニケーション」と「価値観の差異」が影響していると考察します。

 1つ目の「非言語的コミュニケーション」については、前述した通り、乳児期や幼児期の子供たちと、言葉を通じて意思疎通するのは意外と困難です。そんな中、言葉を言っても通じず、言葉を言われてもサッパリ理解できないという状況が日常で繰り返されることで、母親が苛立ちやストレスを抱えてしまうのです。これはある種当然で、母親も子供も誰も悪くない。人間は元来、コミュニケーションをする為に言語や彫刻を確立したのであって、それが通じないと焦りを感じるのは生物学的や脳科学的に正しい可能性が高いからです。

 2つ目の「価値観の差異」については、子供たちの追いかける、スーパースターの様な仮面ライダー、プリキュア、アニメ、漫画は、母親の価値観とは異なった世界に存在するものであり、その価値観を埋めようと頑張る母親に、無意識のうちに疲労が蓄積している可能性があります。

 無理矢理にでも仮面ライダーを子供達と一緒に見たり、好きではないアニメを見たりすることで、母親が自分の時間を確保できずに悩むのは明らかで、本来は、その時間を使ってリラックスしたり、好きな事や趣味に割ける時間として機能すれば良いと言えます。しかし、なぜこれが不可能かというと、それは先程述べた「非言語的コミュニケーションができない状況」に対して、母親もどうにかその差を埋めなければならないからなのです。

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 あの手この手を使って子供と意思疎通をしなければ、育児や教育という観点から不適切であるとみなされる可能性があります。つまり「自分は母親なんだから、子供と遊んであげないとダメだ」という観念が浮かび上がるのです。

 対策:この点に関しては、キッパリ割り切って「父親に任せる」というのはどうでしょうか。

 例えば、今や圧倒的に有名なYouTuberで、嘗て『はねるのとびら』というテレビ番組で一斉を風靡したカジサック(梶原)さんのご家庭では、母親は子供に対して比較的優しく穏やかだが、お父さんのカジサック(梶原)さんは子供にある程度厳しく接するという役割分担があるのです。

 この様に、家族の内で「何をするか」を決める以前に「お互い何をやらないか」を明確化することが非常に有効である様に思えます。「遊び=パパ」「ご飯=ママ」という程度のことなら子供たちも理解できると思います。仮に仕事や出張で父親がいない場合は、子供たちだけで遊んで欲しいということを明確に伝えたほうが良いでしょう。ママだから全部やらないと、と言っている間に体が壊れてしまう可能性は大いにあるのです。

 そしてその際、少し具体的に踏み込むと、一人っ子の子供さんは遊び相手がいなくなるので、日常的に仲の良い学校の友達や、所属する団体等で仲間を作っておいてあげることが大切ではないでしょうか。あるいは、ママ友を家に呼んで、その子供たちと遊ぶという方法も為し得ます。

 何も父親だけでなく、それ以外で頼れる人がいればそこに頼っても良いでしょう。もし迷惑になるかも、と頼れないのだとすれば、それは日本の同調圧力的風潮に惑わされてしまっているのかもしれません。例えば、日本では「みんなと違うこと」「人と違う言動をすること」が愚かだと考えられていますが、フランスやその他ヨーロッパでは「みんなと同じこと」や「意見を言わないこと」が愚かであると捉えられています。もう1つの例で言うと、インドでは「迷惑がかかるのは当たり前だから、人が自分にかけた迷惑も許してあげなさい」という考え方が一般的です。

 「迷惑を許容する社会」とは、換言すれば「助け合う社会」とも言えます。
そして、考えてみて欲しいのですが「迷惑をかけずに育児をする」なんて心底不可能ではないでしょうか。どんな親御さんでも、新幹線やバス、電車、交通機関、公共施設で突然子供が泣きじゃくってしまった経験はお持ちでしょう。そんな中で、迷惑をかけずに生活しろなんて言うのは到底無理な話です。なので、前提として迷惑をかけるのは当たり前なので、その上で事後的にでも最大限周りには配慮しますという姿勢を取ることで、少しでも他人に頼ることのハードルが下がればこの上ないと考えています。

社会全体で抱擁する

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 以上が、映画『ママをやめてもいいですか?』を視聴した上で、私の考える現在的な育児現場の問題点と対策方法でした。

 この記事を執筆している最中、改めて深く再確認したのは「やはり、母親は偉大だ」ということです。
 人類の中で唯一、新しい生命、子供を産むことができるのは女性です。そして、出産以前の様々な過程や出産後の苦渋は、その母親にしか体験できません。しかし、それを体験している人たちが、現場から悲鳴を上げている状況が今の社会なのです。それは日本に限らず、どの社会でも未だに根源的な数多くの問題が残留しています。

 誰かが不幸感を感じ、誰かが何かを叫び訴えている姿を見て、見放す事はできません。それを迅速に察知して、その改善の為に新たな行動を起こす事が大切なのです。日本は課題先進国と言われて久しい昨今ですが、今でも新たに多大な社会問題が浮き彫りになってきています。
しかし、その他の国々、特に先進国も、結局は数年後数十年後に日本と同じ人口減少社会、ないしは高齢化社会を迎えるであろう事が、様々な科学的・統計的データで明示されています。

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 そんな中、課題山積みの日本が、いや日本国こそが、将来「日本の成功例を真似したから俺達の国は大丈夫だったな!日本すごいな!」と言われる未来を作る事はできると思います。そしてその為には、若者であれ、母親であれ、高齢者であれ、サラリーマンであれ、どんな人種の人でも「気づいた人が行動を起こすこと」が一番肝心なのです。

 50年後、100年後の未来の世代へ最高のバトンタッチができるよう、今回の『ママをやめてもいいですか?』然り、育児問題や家庭問題然り、今目の前にある課題1つ1つに真剣に向き合い、気づいた人が出来ることから初めてみるのです。
 冒頭でも触れましたが、今回私は、執筆前に「この記事を書いたら、何も分かってないヤツは黙れ!等々、色々言われるかもなぁ」と思い悩みました。でも、それで誰もその問題に対して発言できない空気になってしまうと、一種の暗黙的言論統制ではないか?と思うので、思い切って今回の執筆に至りました。

 私がしばしばデータやエビデンス、科学技術の話を持ち出すのは、今述べたことにも関連します。一個人の意見を正当であると主張する事は、ただただ思いを連ねて記事を執筆するだけでは非常に難しいですが、統計データや実験研究の結果報告を用いる事で、その主張や背景に信憑性が生まれ、受信者に理解しやすい主張へと様変わりするからです。

 そのようにして、今ある豊かな情報リソースを最大限活用しながらも、日本人に限らず全世界の人々が、社会問題や身の回りに起きている問題に対して真摯に向き合える環境作りができれば、この上なく素晴らしいのではないかと、一人考えているところです。

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 そして、1万文字に至るこの記事を最後まで読み進めてくださったあなた。
 本当にありがとうございます。私の意見に共感するかどうかも確かに大切ですが、あなた自身が少しでも、今回の母親の育児問題や社会問題に対して何かを考えるキッカケになれれば、幸いです。

 ぜひ、笑顔溢れる豊かな日本を共に創っていきましょう。ではまた。

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miyabi_kyosaka
教育実践キュレーター。慶應義塾大学在学中。NPO法人日本教育再興連盟ROJE所属。読売新聞学生記者。日本若者協議会所属。某 AO入試専門塾講師。N高等学校出身。|「未来は予測するのものではなく、この手で創る」をモットーに圧倒的行動で教育を一新しようと、教育ジャーナリズムの活動をしております。