モノは機能ではなく、記号として消費される – ウェブレンの有閑階級理論

 皆さんは「モノ」と聞いて、何を連想しますか?
 食べ物から飲み物、はたまたテレビや家電製品、車等の耐久消費財でしょうか?

 世の中は刻一刻と変化していきます。その中で今回は「現代は、モノは、もはや機能としての価値がほとんどなく、記号として消費される」という理論を紹介したいと思います。

 この理論を大々的に主唱したのは、アメリカの経済学者・社会学者はソースタイン・B・ウェブレン(Thorstein Bunde Veblen)という人物です。

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from:ja.wikipedia.org

 彼が云う有閑階級理論とは即ち「現代社会はつまるところ大衆消費社会であり、商品はその購買者(特に上位階級層)の個性や人格、生き方、思考方法を反映し、特に自身の属する集団を表すモノである」というもの。彼は、現在から約100年余りも前に、現代の大衆型消費社会の根本的理論となる「有閑階級理論」を提唱しました。

 彼の有名な著書は『有閑階級の理論』や『企業の理論』、『特権階級論』などがラインナップされています。私たちはもはや、モノを便利なものではなく、自分たちのアイデンティティや属性を象徴する商品として取り扱っていると云うのです。

 この視点に関しては、この記事を拝読している皆さんの中にも、既にお気づきの方が多数おられるかもしれません。しかし、拝読してくださる方々全員が承知の事柄ではないと思いますので、なんだそれ、全く理解ができませんと言う方に向けて、非常に簡略化して具体例を示してみましょう。

 嘗ての日本で放映されていたTVCM(テレビCM)は、基本的に「この車はこんなに燃費が良くて、走行距離はこれだけあります。8人掛けで大容量の車です!」と言った広告宣伝の手法を採用していました。しかしながら、日本社会ないしは先進国社会が一層モダン的(近現代的)、高度化した時代には、テレビCMで流れる映像は、例えば、かなりカッコイイデザインが施された普通車の車が高山を駆け抜ける映像であったり、車に乗って何が体験できるのか(例えば、家族と旅行に行く、カップルでドライブに出掛けるなど)を宣伝する形態へと変容しました。

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 これはつまり、一昔前は、車の性能を重視して「どれだけ役に経つ有益な車か」が視聴者や購入者の購買における判断基準を成していましたが、近現代以降の特に豊かな先進国社会においては「どれだけデザインがカッコいいか」や「どれだけの楽しい体験が出来るか」が購買における判断基準を成すように変化したのです。

 これが、社会経済学者のウェブレンが言うところの、モノは機能ではなく、個人のアイデンティティ(こんな商品を所有してる俺ってカッコいいだろ、この服を着ている俺は〜所属なんだぜなど)を表すように変容していったという考え方です。
 いわば、個人の「ブランド」として、財・サービスが消費される時代になったと提唱するのです。

ヒラリークリントンは「いいね!」を得るためのモノなのか

 私が考察するに、現代的な例で言えば、もはや財(モノ)に限らず、体験も私物化(自分のアイデンティティを象徴するブランド化)していると言えるでしょう。
 例えば、以前、面白い記事を拝見したのですが、アメリカの民主党に所属するヒラリークリントンという政治家の方がおられて、彼女が選挙キャンペーン中に、公の場に登場する機会があったのですが、その時の様子が以下の通りです。

ヒラリークリントン

from:http://www.barbarakinney.com/

 普通なら、真っ先に握手を求める場面のはずが、皆が思い思いにスマートフォンを取り出して、ヒラリーさんとのセルフィー(自撮り写真)を撮影し始めたのです。
 この現象は、今回の大衆消費社会における記号(ブランド)消費理論を明確に示唆する現象す。それは「人は自分だけのストーリーを語り始めている」という事実です。自分がFacebookやTwitterに多数のセルフィー画像を投稿し、その投稿にいいね!Good!が押されるたびに承認欲求の満たされる社会を具現的に映し出した一枚の写真となっています。ヒラリーさんと共に体験した共有的空間が、その人のブランドになったわけです。

 上述したように、現代社会は刻一刻と「記号(ブランド)消費社会」に沈潜しているのです。テレビCMの広告宣伝方法の変容課程も然り、今挙げたヒラリークリントンの選挙活動における社会現象も然り、社会経済学者のウェブレンが主張した考え方が段々理解できるようになったと思います。
 それでは、ウェブレンの唱えた理論(消費社会理論の基礎)の中身を更に解剖して、私達が営む日常生活について深く考えていきましょう。

ブランド化する社会の下で

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 日本では一般的に、1970年代の高度経済成長期が終焉した時期から、記号消費社会的な現象が普及しました。嘗ての高度経済成長期は、生活必需品とも言える三種の神器(白黒テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫)などの、生活に不可欠なモノがまだ全国民に普及しきっていなかった為、モノは作れば売れた時代でした。
 しかしながら、高度経済成長の終焉とともに、次第に急速な社会成長が緩和して、社会が成熟化するようになってきました。そのような時代に、人は「自分を表す記号」を追い求めるように変化したのです。

 朝日新聞や読売新聞を筆頭とした新聞会社の売上シェアが圧倒的だった時代に、大量の写真をベースにしたファッション雑誌や記事が台頭してきたのです。
 それにより、人々は機能(役立つか、必要か否か)ではなく、デザインが生み出す付加価値を追及し始めたのです。

 デザインによって自分に付加価値を付け足すことに関しては、単純に人と違うものを所有することが優越感を生み出すとは言い切れず、フランスの哲学者ルネ・ジラールは欲望の三角形を唱えて「人は他人が欲すもモノを欲する」と唱えたように、実際には、自分が欲しいモノは他人の欲しいモノでもあるという、同調的心理現象が存在しています。それは今でも同様で、人は元来、他人が群がって欲する事物を無意識に賛同して追い求めてしまう傾向があるのです。

階級社会における貴族層・高上層の衒示的消費活動

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 社会経済学者のウェブレンは以下の様に主張します。
 人類は現在、実際的な有用性とは程遠い、ブランド性や記号性に目を向け、そのような事物に金銭を浪費することに快楽を覚える。

 例えば、嘗てのフランス(現在もその名残が継承される)などでは、貴族層や教養主義的・権威主義的な思想を持つ階級層が、他人との差別化・差異化を生み出す為に、敢えて動きにくい服装や衣装を見にまとって「私は労働する必要がないのです」と衒示する(見せびらかす)風習が存在していたのです。今挙げた事例は、非常に大名手的で分かり易く、現代人は「生きる為に必要な事物」の大半を用意できる生活環境に存在し、飢餓で飢える人々も年々、昔と比較して減少しているので、その差分でできたお金を、自分というブランドに付加価値を与える為に消費するのです。

所属集団・団体を誇示する人々

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 人々は、個人的に他者との差別化を図るだけでなく、自身が所属するグループを誇示する傾向も兼ね備えています。
 例えば学歴、職業、所属チーム(スポーツ)、趣味、ジェンダーなどが個人の所属する社会的集団や範疇を規定して証明する大きな役割を果たすのです。

 フランスで実施された興味深い研究によれば、高学歴が好む音楽ジャンルは基本的にクラシック(バッハetc.)なのに対して、労働者階級(低学歴)が好意を抱く音楽ジャンルはポップ系だと言われています。ちなみに中間階級はジャズ等です。

 この現象は非常に興味深く、人は自身の所属する組織に対して無意識に優位性を感じ、他者集団に対して批判的な主張を表面上行う傾向があるのです。この感性的現象を心理学的に説明すると、人間には元来、内集団バイアスが働いており、自己が属する集団に対しては自分が所属しない集団よりも好意的あるいは協力的に行動する傾向があるのです。大切なのでもう一度言いますが、元来です。

 この現象は様々なバイアスが影響しています。行動経済学の世界で、嘗て単純接触効果と定された「ザイアンス効果(人は、単純に接触回数の多いものを好む心理現象)」や、人類の元来的ま集団主義性質に関わっており、学歴の高い人は学歴の高い人物との交流機会を増やして接触し合い、社会的上位層の人は社会的上位層に好んで接触し合うことによって、時間の経過とともにカテゴリーが明確に分化されます。そして、この心理現象、行動原理を加速させたのが、今回のテーマである有閑階級論、記号消費社会的現象なのです。

トリクルダウンと人々の消費

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 今回の主題である有閑階級論を説明するにあたり、「トリクルダウン」という現象を追加で紹介します。トリクルダウンとは、流行とは、上位層が特定の事物を好んで使用することにより、その少し下の階級にその事物が伝承し、人は自分の属性と近しい人と行動を共にするので、その後一気に下級層へと伝播していくという理論です。

 これを提唱したのは、ドイツの社会学者ジンメルという人物で、このトリクルダウン的な現象が市場経済において為されることで、労働階級(下位層)の人々は上位層(経済的上位層)が使用したモノを多様な形で利用し、消費や流行の多様化現象が活性化されると唱えたのです。

 上位層が好んで使用したブランド(商品)を下位層が利用できるとなると、その下位層は「自分の価値が底上げされるかも」「上位層に仲間入りできるかも」と喜んでその商品を購入するでしょう。その光景にはもはや、機能(役立つか否か)としての商品の姿はありません。豊かで成熟した社会における人々の購買行動の原理が見えてきたのではないでしょうか。

ブランドが生み出すWin-Winの関係性

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 Appleという会社をあなたはご存知ですか?この会社を知らない人には、本当に現代人か?と疑いたくなるほど有名で高名な企業です。
 この企業の価値は特に「ブランド性」にあります。普段の皆さんが送っている生活を顧みて欲しいのですが、Appleのロゴ(かじったリンゴ)のマークが印刷されている商品にはある程度の安心感を抱きませんか?実は、ブランド性には、生産者側と消費者側におけるWin-Winの関係性が成り立つのです。

 Appleか、まぁそれなら品質も値段も大丈夫だろう、と。
 他にも、SHARP?TOSHIBA?Panasonic?SONY?最高じゃん、と底知れぬ安心感を感じたことはありませんか。これが何を意味するかというと、このような人々に対するブランド的効果や、人々の記号を消費する現象は、企業側(生産者側)にとっても非常に都合が良いのです。
 一度そのブランド性を確立すれば、「あの企業なら新発売の商品を買ってもいい」という顧客の母数が増大するので、1つの商品を販売すれば、どの程度の顧客数が存在しているかが手に取るように把握可能なわけです。そして、一定の支持者(顧客)を確保出来るのです。現代ではデータ化・AI化が急速に進展していますので、顧客情報の把握コストは極限まで最小化されています。ブランド・記号を象徴した商品の販売は、消費する人々に安心感というメリットを与えるだけでなく、モノを売る人々にとっても効率的な販売方法なのです。

社会間によるブランド性の推移

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 しかしながら、今回の有閑階級理論について考える際、最後に1つだけ留意すべき点があります。それは、地域間や国家間によって、何がブランド性を持つかは推移・変化するという事実です。例えば、簡単な例で言えば、日本では東京大学や京都大学などの旧帝国大学が高学歴として世間で認知されていますが、アメリカではアイビーリーグ、イギリスではケンブリッジやオックスフォード、中国では北京大学が重宝されるという国家的・地域的差異が存在するのです。

 つまり、地域間・国家間で、何がブランド性を秘めるかに差異が生じ、一国内で通用したブランド性が、異質な風習を有する地方では全く通用しないということです。なぜこの考え方が重要なのかと言えば、それは社会のグローバリゼーションに関係してくるのですが、グローバル化した社会の中では、他国と友好的関係性を構築することが肝要であり、他者理解の精神が重要になるからです。

 自分たちの内輪で盛り上がって重宝した共通の話題やブランド性は他国では一切通用しないことがあり、その差や、他国においてブランド性を有す物事は何なのかを事前に勉強・把握しないと、異質・異国の他者とコミュニケーションを取る際に、苦戦してしまいます(現代は特に)。

 これは「日本史・世界史を学べ」と巷で頻繁に叫ばれることにも関連しており、多国の歴史的背景を脳内にインプットすることで、その国で価値のあるものやその国でのブランド性を見極めることが可能になり、グローバリゼーション、国際化の波に円滑に乗り込む事が可能になるのです。

 スタディサプリ(旧受験サプリ)という有名学習サービスで、英語講師の関正生先生が主張されていたことで「英語の文化を知ることが、英語を学ぶことよりも大切だ」というのが良い例ですが、英語圏の歴史的文化を理解していないのに「make friends with」の真髄を理解することはできないのです。make friends withのfriendになぜsが付くのかというと、英語的な文脈では、人類は常に神様に見守られている存在だという認識が前提にあるからです。なので神様から見た際に、make friends with(友達になる)という光景は2人の人間が行っているので、sが付く訳です。このように、記号消費社会、ブランド消費社会、有閑階級の性質は国や地域によって異なることを前提に、冒頭で紹介した社会経済学者のウェブレンの主張を捉えましょう。

 人々が意外にも、社会的なブランドや記号に縛られて行動・生活している事実が理解頂けましたか。刻一刻と変容する社会、特に変化が目まぐるしい現代を共に生きる私達は、社会を通時的に鑑みる際に(歴史的背景を知りつつ今を鑑みる際に)、自分達にはどんな生物学的傾向があり、後の社会ではどのように振る舞って生きていくべきかを様々な文献や資料を使って分析することが肝要になります。outdated(時代遅れな)価値観が急速に一掃される時代だからこそ、学ぶことを止めないでください。では、今回の、ウェブレンが提唱した有閑階級理論についての記事は以上です。

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教育実践キュレーター。慶應義塾大学在学中。NPO法人日本教育再興連盟ROJE所属。読売新聞学生記者。日本若者協議会所属。某 AO入試専門塾講師。N高等学校出身。|「未来は予測するのものではなく、この手で創る」をモットーに圧倒的行動で教育を一新しようと、教育ジャーナリズムの活動をしております。