インタビュー – 鈴木寛教授/Kan Hiroshi Suzuki Professor 〜現代の学校教育と未来〜

東京大学,慶應義塾大学 鈴木寛教授に「現代の学校教育と未来」についてインタビューしました。

Contents
1.現代学校教育の問題点
2.学校の選択
3.アスリートと学校
4.学年主義
5.学校教育の時代錯誤
6.マジョリティとマイノリティの因果的経過
7.N高等学校について
8.歴史が変わる時
9.国民国家とGAFA

1.現代学校教育の問題点
京坂
日本の学校教育の現在の問題点とは何でしょうか?

鈴木教授
去年、林文部科学大臣の元で『Society 5.0』の人材育成のあり方のレポートが出たのですが、そこで出したコンセプトが「公正な個別最適化」でした。

これまでは憲法26条にも「等しく」とい書いてあったので「平等」ということが非常に重視されてきて、20世紀まではそれで良かったのですが、現在は「平等」というものが過大解釈され、本来は「機会の平等」であったものが「内容の平等」になってしまっているのです。

形式的平等主義が日本には存在していますが、工業社会の歯車はAIにあるいはロボットに取って代わられてしまいます。

これからの人間の仕事は、唯一無二の存在である人間が一期一会のコミュニケーション、コラボレーションを通じて色々なものを創造していくことなのです。そうなった時に規格型、画一型の教育を一方的に押し付けるという今の学校教育のモデル自体が時代に合わなくなってきているという事が現代の学びの最大のポイントです。

これらをどう個別化していくかという事が大切になってきます。しかし単に個別化するだけではお金のある人にだけより良い効率化が成されてしまい、中世、近世の頃の貴族が存在していた時代に逆戻りしてしまいます。お金のある人は家庭教師をつけて、集団で学ばないといけない事は同じ階級の人たちで集まってしまいます。

京坂
世界の学校教育の現在の問題点とは何でしょうか?

鈴木教授
アメリカ、イギリス、スイスにしても私立の教育というのは非常に個別化されていて、生徒の事情に物凄いリソースでカスタマイズされています。

世界の問題点は何かというと、小学校1年間300万円で6年間1800万円、中学高校で1600万円で6年間で3600万円、大学で1年間800万円~1000万円つまり4年で4000万円という現実であり、教育費に1億円以上かている階層が厳然と存在している事なのです。

最近はそこにアジアの富裕層も出てきている。そこには沢山の無駄もありますが、やはり子供達への6000~7000万の効果は間違いなくあるわけです。そうすると1億円かけれる家庭の子達が良い教育を受けて、社会の勝者になり、またその子供達が社会の勝者になっていくという大きな分断、ある種の支配階級ができているという事なのです。

日本はいわゆる企業のサラリーマンではそういった投資はできないので、その階級に日本社会から参入する事が極めて厳しいのです。

日本は貧富の格差が最も少ない国なのですが裏を返すと、お金持ちが非常に少ない国なわけです。もし子供が2人いれば10年間くらいで約2千万くらい投資しないといけない。そうすると1億円程の収入がないとダメになります。

1億以上の年収のあるファミリーは日本に大体2000ファミリーくらいしかなく、その大半は60~70代で、子供がいる適齢期になると4~500ファミリーくらいしかいないのです。なので日本人15000万人いる中で、わずか数百のファミリーだけがその階級に参入できて、それ以外は参入できないという問題が別途、世界の問題としてはあります。

2.これからの学校の選択
京坂
鈴木さんが今、小中高生だったら今後どう学ばれていきますか?

鈴木教授
今ある中だったら、N高等学校(以下「N高」)がベストの選択肢の1つでしょうね。

学びには知徳体あるいは知識、スキル、態度などがあります。

学び方にはSelf Learning(セルフラーニング)と、Collaborative Learning(コラボレーティブラーイング)というものがあります。

セルフラーニングは、N高の教材でも良いしスタディサプリでも良いです。教材は大量にあるわけです。高くもないので、そこで読解力や数的理解やデジタルリテラシーだとかを身につけていきます。

一方で僕はOECDの語学教育スキル局のアドバイザーをしていて「教育2030プロジェクト」の役員をやっているのですが、そこで目指すべき人材像としては「Creative New Value(新しい価値を生む)」「Taking Responsibility(責任を果たす)」「reconcilinog tension and dilenma(緊張やジレンマに向き合ってどう乗り越えるか)」という3つの要素が必要です。この3つは一人では学べないので、まさにProject Based Learning,Program Based LearningというPBLを通じて仲間と共にプロジェクトを遂行することにより、板挟みや想定外や修羅場などの体験をします。サッカーをやることもプロジェクトで、私は弱小サッカー部を神戸市1部リーグで監督のいない中、優勝させたという大プロジェクトを行いました。当時は物凄く自分達で色々考えていて、それが高校生の頃、最大のPBLでありました。

文化祭や体育祭も仲間とチームや実行委員会を作り、行いました。

こういったことを通じて板挟みや想定外や修羅場を乗り越えて、3つの要素を達成しました。

N高であれば全国各地のN高のキャンパスに行って色々なPBLを行い、自由な時間を最大化して自らプロジェクトを立ち上げるようなことをやって行くと思います。

ベストではないですが、限りなく現代においてベストに近い学びであると思います。

京坂
公立高校や私立はそういったN高のような学校形態に変化していくのでしょうか?

鈴木教授
それはわかりません。公立は時間がかかります。

私立は二極化していて、出来るところと出来ないところがあります。

公立は地方の公立が大変であります。

都立は東京の中に私立高校があるのである意味での競争になります。

伝統のある都立高校というのは文化祭や体育祭が熱心で、浪人してでもそう行ったことをしっかりとやり切って大学に行くという独自の文化があるので、そういう部分は非常に良いと思います。

東京の場合はすでに学力をつけるセルフラーニングは高校の仕事ではなく、それらは塾でつけて高校では友達を作り、プロジェクトやお祭りをやるところという形に実体上なっています。

しかしPCだけでセルフラーニングができる人は限られている場合があるので、友達がいると山、谷に浮き沈みを完走できる部分もあります。

部分的に仲間と行うラーニングは必要な時はあります。

N高で言う通学コースですね。

3.アスリートと学校
京坂
アスリートなど大会で忙しく、技術的な練習をしないといけない人達にActive Learning(PBL)を強制するべきですか?

鈴木教授
それは「オリンピックに出る」と言うことが最大のProject Based Learningでしょう。それ以上のPBLはないでしょう。

京坂
ということはそういった方々が学校に通う意味合いはあるのでしょうか?

鈴木教授
最大のPBLが今言ったことです。

しかし学校というのは安心して失敗ができる場所なのです。

失敗したら失敗した報いや代償はあります。そこで頑張れているのならばそこで頑張ってほしい。しかしそこで色々な挫折があって、仮に怪我などで競技ができなくなった場合にはそこで初めて安心して失敗出来る場である高校や大学に戻ってきたら良いと思います。

4.学年主義
京坂
学年の区切りに関してはどう思われますか?

鈴木教授
まさに林レポートでは異学年、異年齢の学びという事を提唱しています。

まずプロジェクトは異学年でやった方が良い。教科的な話になっても英語やプログラミングなどは出来る人と出来ない人がいるので、学年で区切ることには意味がありません。

5.学校教育の時代錯誤
京坂
Active learning(PBL)をするために「毎日」学校に行く必要はあるのでしょうか?

鈴木教授
結論から言うと行く必要はないです。

OECDでも議論しているのは「次の学校の形」です。

現在の学校は朝8時半に来て、3時半などに帰るシステムが現状です。

なぜそうなっているのかと言うと、工場の働き方がそうだからです。8時半に皆来てもらわないとベルトコンベアーのスイッチが押せないからです。誰か1人欠けているといけないのです。

基本的に5時頃まで8時間労働者を閉じ込めます。

休憩も時々ありますが、その休憩も一斉に休憩を与えます。流れ作業をするためにはそうせざるを得ないし、工場型の働き方モデルに学校教育が当てはめられているのです。

しかし今そのような働き方をしているのは約2~3割の少数ではないでしょうか?

今はオフィスワーカーは営業先に回って午後から出社する人もいますし、会社の中で黙々と作業している人なんて少ないでしょう?

なので今の学校というのは今の世の中からすでに1世代遅れているわけです。

しかもこの働き方がさらに変わるわけです。テレワークやノマドワーク、あるいはこーワーキングスペースのように。

教育というのは本来そちらを先取りしないといけない。

そのように働き方が変わってくると、学びもテレラーニングであり、コーラーニングでありという風になっていくべきであります。

まさにN高校はそれを先取りして、試行錯誤しながら人によって週何日行くのかを選べるわけで、個別最適化されています。

学ぶ場所も学ぶ時間を学ぶ相手も自分でカスタマイズしてオーガナイズ出来るという学びです。

そうなるべきだし、ならざるを得ないのです。その足かせになっているのが、今の学校教育システムなわけです。

京坂
AIなども非常に速いテンポで展開され発展していると思います。IT,ICT系のテクノロジーによる昨今の激変により多様化、複雑化、高度化されている社会において、これからも学校という機関が社会の反映として残り続けるのなら今後は後付け、後発的にならざるをえないと感じています。その上で「学校という政府主体のシステムを残すべきかどうか」お聞きしたいです。

鈴木教授
やはり一挙に多様化し個別化するべきなのです。ただその際、次に解決しないといけない問題は「格差の問題」です。それが出来る経済的、社会的、文化的な資産を持っている人とそうでない人。

そうでない人に対してどうするのかという問題をクリアしなければなりません。

国がやっているということは経済的、社会的、文化的な背景に関わらずどんな人でも「現物給付」として教育サービスをサービスのまま配っているという事なのです。そうしないと格差がさらに拡大してしまう問題があって、何らかの再配分をする仕組みを国家がやるのか別の所がやるのかしないとどんどん広がっていきます。

京坂
「自由にしてください」としてしまうことによる弊害ですね。

鈴木教授
自由を認めるや自治を認めるということは非常に大切なことです。

フランス革命の時に「自由と平等と博愛」という物がありましたが、結局この3つは鼎立しないのです。自由が広がると平等が損なわれ、あるいは自由が広がると博愛が損なわれという風に。

このバランスをどうするかという問題です。日本は平等に偏りすぎていて、アメリカは自由に偏りすぎている。アメリカは物凄い格差で信じられない格差ですね。

もちろん日本は自由の方向にいくべきだと思いますし、アメリカはもう少し平等や博愛という方向に行くべきだ思います。国が関与しなくともそれができれば良いのですがね。

今まさにSocial InnovationSocial Businessにおいて政府と市場とコミュニティの3つをうまく組み合わせて鼎立は出来ないのだけれども、それぞれがかなり良い状態であるという事を目指さないかと進められています。

例えば私の友人にデイビッドグリーンという方がいるのですが、彼は貧困国、新興国の5000万人以上の人に白内障の手術を届けることに成功したまさに社会起業家なんですね。

半分の人は無料、4分の1の人は原価の4割程、そして残りの人がいっぱい払うという仕組みです。

そしてその全員の様々なデータを白内障手術の医療機器や技術を開発する会社に提供する事によって上手く組み合わせて、数多くの人の失明を救った訳です。

もちろん政府が再配分をやる手もあるし、マーケットで良いビジネスを作る手もあります。

色々なアプローチがある中で多様な教育を多様な人々に届けていくという努力をそれぞれ促していくという局面にあります。

6.マジョリティとマイノリティの因果的経過
京坂
自主性を持って活動できる人達がN高であったり新しい形の通信制の高校に通い始めて、マジョリティとマイノリティが逆転して今の古い伝統的な風潮の逆側に受講者側が流れていけば、ある程度現況の時代錯誤は解決するという事でしょうか?

鈴木教授
それはそうでしょうね。N高ももうすぐ1万人になり、これが5万人になったり。

逆に言うとN高はもう選択肢としてできている訳なので、完全N高校ではなく少しづつバリエーションを持った自由なタイプの学校がどんどん増えていけば良いと思います。

増えていくためには、保護者が選べば良い訳です。

今や問題は保護者と高校生の選択の問題になっています。N高は技術やテクノロジーによってイノベーションが起こり、eラーニングやVRが出てきています。こうした技術によって教室の一番後ろに座るよりも、教室の後ろなら寝ている人もVRなら寝なくなり、学校でリアルで行うより学びの集中度合いが高くなると感じています。

7.N高等学校について
京坂
N高等学校についてもう少しお聞きしたいです。

鈴木教授
N高が安い理由の1つとして、政府から就学支援金がしっかり支給されていることです。もちろん建物を作るというコストがいらないので節約されている部分もありますが、さらに政府の協力があります。必修にしっかりと沿っているからこそ就学支援金があるわけです。

実はN高も税金が入る以上、学習指導要領に沿っているきちんとした学校な訳です。

そうすると問題は「なぜ選ばないの?」と言うことです。N高校が出来たのだから選べば良い訳です。

だからこそ保護者の判断,説得に焦点が移りつつあるのです。

京坂
時間次第という意見についてはどうでしょうか?

鈴木教授
1番大切なのは「保護者の学び直し」だと思います。

要するに保護者自体が30年前の頭から変わっていないのです。高校ってこういうものだと。だけど今の時代の荒波や技術の革新などを肌で感じている保護者はN高校に行かせています。

結局N高に活かせる判断が出来ている保護者と出来ていない保護者は「学びの差」だと思います。

世界の流れや歴史の流れというものを直感的であれ勉強によりであれ本質を理解しているかで差がついてくると思います。

京坂
そういった層に対しての学び直しは鈴木先生自身も社会人向けの塾をやられていますが、他にどのような手段がありますか? 

鈴木教授
もちろん塾も現在行なっていますが、毎年50人な訳です。

それだけでは全然足りなくて、メディアの発信や毎週のようにPTAの講演などに行っています。

 もう1つは地方の公立の先生の歴史感覚について学びが足らないので、僕はそういう人達に向けて殆ど歴史の話をする訳です。

要するに「250年ぶりに世界維新の大転換が起こっている」ということを伝えています。

8.歴史が変わる時
京坂
歴史の変わり目とはなんでしょうか?

鈴木教授
歴史が変わる時というのは人々の差がグヮァーと開くわけです。

島崎藤村の小説に『夜明け前』というものがあります。江戸では明治になっているのに長野の木曽の奥の方ではなんら江戸時代と変わっていない。

時代が変わる時にはこっちはガス灯をつけてちょんまげを切ってすき焼きを食べていたり。

時代の先端の人と時代の中央あるいは末端の人との差が大きく開く訳です。今はその時なのです。

そして時代の変革が終わるとまたその差が縮まっていくのです。

京坂
義務教育というたかが名前、されど名前についてはどう思われますか?

鈴木教授
「子供の義務ではなく権利である」ということは子供達、保護者ががそれについて勉強をすれば良い話です。

おかしいと思った人は勉強し始めるものなのです。

だからやっぱり「板挟み」というものは良いなと思います。違和感や板挟みから人間は真剣に学び始めるものです。

教育というものは面白くて、ゆがみやひずみがあった方が、あったればこそ「真に学ぶ」ということが起こる訳です。その時に大事なのは多くの人はそのゆがみやひずみに潰されていくわけです。

なのでこれを学びの契機に出来る人との差は非常に大きいものがあります。

出会いを繋いであげるキッカケ作りをしてあげる人、その時のその人に何が最適かを判断できる人が大切なのです。

そういった先生にどうやって巡り会う確率を上げていくか。

しかしその先生が必ずしも全員に良い影響を与えるとは言い切れない部分もあります。

京坂
これからの先生の役割はいわゆるファシリテーターになっていくということですか?

鈴木教授
そうですね。

これまた面白いことがあります。

今まで僕も様々な若い人達を見てきました。もちろん私立の一部には極めて自由な何をしても良い学校はあります。そういったところの子供達は自由にやって伸びていきます。

しかし、物凄い厳しい学校で、そこを乗り越えてきた奴には「スゴイ奴」が多いのです。厳しい所を耐え抜いてきた人間は社会改革系のリーダーになりやすい。自由なところからは理系の優秀な人は出てくるが、社会改革系のリーダーは現在、減っています。

自由なのびのびした環境さえ与えれば良いのかというと必ずしもそうではなくて、前述したことを経験した人からしか生まれないものがあるのです。

京坂
そういった人たちは経験則的に分かっているということですね。

鈴木教授
古い価値観の人たちがわからなかった事を分からせた。などという経験は社会改革において非常に重要です。

京坂
どちらの味をしめたかという事ですね。

鈴木教授
そうですね。

闇を知らないと、光もわからない。昼ばっかりだったらこれが当たり前だと思ってしまうのです。夜があるから昼のありがたみが分かるものです。

人の成長というのはなかなか複雑で微妙なものなのですよね。抑圧期間が何年だったら良いかなんてものもわかりません。社会というものは非常に難しくて「すごい人達を作ろうと思うと少数しかできない。その裏では多数の犠牲が出る」そして「多くの人を幸せにしようとするとみんなある程度良くなる。しかしめちゃめちゃすごい奴は出ない。」のです。

京坂
そのバランスの答えは誰にもわからず、行動を統率できるわけでもないですよね。

鈴木教授
世の中にはコントロールできない事があります。結局はご縁なのです。良縁も悪縁も逆境も順境も学びに活かせるかどうかです。

そして良縁,悪縁,順境,逆境は選べないのです。だからその場に身を置いたということは縁なのです。

「理不尽から逃げる」という決断をしたことによって得られる人には無い決断力もあるわけです。

京坂
不確実性を持ってしてしか生まれないものということですね。

鈴木教授
そうです。だって自分から逆境を求めたっておかしいでしょう?

そりゃ東日本の震災で現地の中高生は非常に成長しているわけです。一方で混乱によってPTSDになる子だっているわけです。

そこはもう神のみぞ知るわけです。

逆境にいる時にうまく導いてくれる存在に出会える確率を増やしてあげることは出来るかもしれないですね。

9.国民国家とGAFA
京坂
少し話が変わりますが、国民国家が溶け始めている中で代替案としてGoogleAppleが信頼を勝ち得ていて、もう少しすれば国家を超えるんじゃないかなと思います。

鈴木教授
方向としてはそうなると思います。

今僕がソーシャルイノベーションの授業で言っているのは「国を介さない再配分、現場に近いところでの再配分をビジネスモデルにどんどん入れていけ」ということです。逆にいうと、GAFAが残ろうとするならば、GAFAの顧客の中での再配分を彼ら自身がやれば彼らが生き残ります。しかし長期的な利益にはなりますが、短期的な利益にはならないのわけです。

それをGAFAの株主は許しません。という問題を次どう解くかということが出てきます。

例えば今ビジネスクラスセオリーというものがあって、エコノミーはすごく安くビジネスクラスは高いですよね。なぜエコノミーの10万円が実現出来ているのかというと、ビジネスクラスの人がその分を払っているからなのです。これがまさに現場に近いところでの企業が出来る再配分モデルです。しかし株主からすると全てビジネスクラスにしろ。というわけです。

飛行機というのは許認可制で、空港の使用枠が決まっているので政府がコントロールできています。しかしGAFAは許認可制ではないので株主の言う事が第1なわけです。

~鈴木教授へのお礼の言葉~

この度はまだまだ未熟な僕に1時間に及ぶ非常に貴重なお時間をありがとうございました。

[鈴木寛教授 プロフィール]

東京大学教授、慶應義塾大学教授、社会創発塾塾長
Teach for All Global Board Member、元・文部科学副大臣、前・文部科学大臣補佐官
日本サッカー協会理事など。著書多数。


「熟議」で日本の教育を変える
鈴木 寛(著)
(2010年 小学館)

クリエイティブ・ラーニング:創造社会の学びと教育
井庭崇、鈴木寛、岩瀬直樹、今井むつみ、市川力(著)
(2019年 リアリティ・プラス)

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