『日本は教育にかけるお金が極端に少ない』〜コロナと大学教育、未来を背負う学生へ〜  立命館アジア太平洋大学(APU) 出口治明学長【上】

『日本は教育にかけるお金が極端に少ない』〜コロナと大学教育 未来を背負う学生へ〜
 立命館アジア太平洋大学(APU) 出口治明学長【上】

 コロナウイルスの感染拡大が報じられる中、日本の大学は対応に追われています。迅速に対応できる大学もあれば、予算や財源の関係上、芳しい対策を打てない大学も多々あります。

 そんな中、2018年に立命館アジア太平洋大学の学長に就任された出口治明さんは、現行の大学教育をどう捉えていらっしゃるのか、これからの日本の大学はどう変容すべきなのか、ひいては教育の在り方について、ライフネット生命創業時から多数の著作刊行経験があり、幅広い見識をお持ちの出口学長にお話を伺います。

 本記事は2部構成の連載で、今回は前半記事【上】となります。


Contents

⚫︎ 大学教育とは、学生の個性にあった教育を施すことである

⚫︎ 日本の教育費は、OECD加盟国中で最下位に等しい

⚫︎オンラインとオフラインをハイブリッドした学びが主流になる

⚫︎先進国の中で日本ほどITリテラシーが低い国はない

⚫︎好きこそ物の上手なれ 〜APUの起業部は、教えず、助ける〜


大学教育とは、学生の個性に合った教育を施すことである

ーー 昨今の高等教育(大学教育:以下 高等教育)について、出口学長はどの様にお考えでしょうか。

出口学長
高等教育において大切なことは、学生の個性に合った教育を施すことです。初等教育はつまるところ「読み書き算盤」なので、板書をメインとした授業が行われていますが、人間は皆それぞれ異なるので、高等教育においては学生一人一人の個性に合った教育をしなければなりません。

ですから、高等教育の中では「ST比(教員一人当たりの学生数)」が極めて重要になります。どれだけ優れた先生であれ、一気に10人以上の学生を育て上げることは不可能です。オックスブリッジ(英国オックスフォード大学とケンブリッジ大学の併称)がなぜ優れているのかというと、Person to Person(生徒一人 対 先生一人)が確立されているからです。

しかし、ST比を改善する為には先生を増員する必要があるので、ある程度のお金が必要になります。従って、「国として教育予算をどれだけ確保できるか」が高等教育において重要な役割を占めます。ところが、日本の教育予算はOECD(経済協力開発機構)加盟国の中で最下位に等しく、それが日本の教育に関わる全てを物語っています。

高等教育の質は基本的にST比によって決定されるという前提に立脚すれば、今のままの高等教育で良いわけがないというのがシンプルな僕の結論です。

ーー 全体としてはあまり芳しくない現状だと言えるのですね。

出口学長
大学は日本の未来の競争力を表す先行指標なのです。大学を卒業した人が将来の日本を背負うという事実があるにも拘らず、その大学に競争力がないのです。

THE(英国 Times Higher Eucation)の世界大学ランキングにおいて、200位以内にランクインしているのは日本では東京大学、京都大学だけです。今の現状に否定的であるというより、このままでは未来がないという危機感を抱いています。今の日本はより積極的に大学へ投資する必要があるのです。

このままお金を出さない状況が続くと、これ以上ノーベル賞学者が出ない可能性すら考えられます。

日本の教育費は、OECD加盟国中で最下位に等しい

ーー では、その財源の母体となる資金源はどの機関に依拠するのでしょうか。

出口学長
なぜ日本の教育費がOECD加盟国中で最低レベルかといえば、国民の「負担率」が極端に少ないからです。OECD加盟国の中では日本は「小負担:中給付」の状態です。実際の税収は60兆円しかないにも拘らず、100兆円を使用する構造になっているのです。プライマリーバランスが崩れているので先行投資が出来ない構造になっているのです。無い袖は振れません。その根本的な財政再建の問題を考えない限りは、教育費の問題は改善しません。

今回のコロナ騒動の中で、知事の中では相対的に誰が頑張って、良い結果を残したといえるかというと、国内ではおそらく小池東京都知事、世界ではメルケル独首相などでしょう。この二人に共通しているのは「財政黒字が続いていること」です。ドイツや東京都は単年度ベースでの財政黒字を継続的に維持出来ているのです。

企業は現在、現金(キャッシュ)を増やそうとしています。売り上げが立たない可能性があり、手持ちの現金が無くなったら困ってしまうので、中小企業も含めてキャッシュポジション(手元にある資金)を固めようとしています。例えば、預金がなければ従業員に給与を払うことができないので、半年売り上げがゼロであっても、会社を畳む必要がない様に調整しているのです。

つまり、「大変な時ほど、お金がある人・組織が強い」と言えます。それが先ほど述べたドイツと東京都の共通点でもあります。

オンラインとオフラインをハイブリッドした学びが主流になる

ーー 今回のコロナ騒動を受けて、今後の日本の大学は、客観的に俯瞰した場合、どう変化していくと思われますか。

出口学長
APU(立命館アジア太平洋大学)は、今年の上半期は全ての授業をオンラインで実施しています。しかし、それが出来るのはAPU自体の大学規模が小さく、理工系等の学部を保有していないからです。例えば農学部であれば、動物を飼育していたり、植物を飼っている場合もあります。ですから、理工系統の学部を有した総合大学はオンライン授業100%の実施が困難になります。

APUの先生方は、今まで、ミネルバ大学(アメリカを拠点とした完全オンライン型総合大学のモデル)に関する話題を持ちかけても、あまりオンライン授業に興味を示していませんでした。なぜなら、教室で話し、研究室でゼミを実施して今まで給与を貰っていたからです。わざわざZoomを利用してオンライン授業を実施したいという先生は皆無だったのです。

しかし、大学側がウイルスとの戦争の中でオンライン授業を実施すると決定すれば、先生方も諦めて皆がZoomの勉強を始め、オンライン授業をやるしか道はなくなりました。本当に皆が一所懸命に取り組んでいます。

ということは、今回のコロナ騒動で「教員も学生もITリテラシーが向上した」と言えます。市民社会に関しても同様で、7割出勤を減らすなど、各地でテレワークが実施されています。その様にして社会全体のITリテラシーが向上しているのです。

一旦、ITリテラシーが向上した社会においては、アフターコロナの世界になっても、今まさに手にしている便利な武器を皆が手放す確率は極めて低いので、一般的に考えれば、オフラインとオンラインの「ハイブリッド型」の社会に移行すると考えることができます。オンラインと対面授業の最適な組み合わせを求めて、これからの教育が進んでいくのだと思います。

ーー 2018年に出口先生がAPUの学長に就任されて2年程が経過していますが、その中で最も感じているAPUの素晴らしさはどこにあるとお考えですか。

出口学長
APUという大学の全体像については、5/21に発売された『ここにしかない大学 – APU学長日記 / 出口治明著』に記載されているので、その書籍をぜひ手に取ってみてください。今回のインタビューだけでは語り切れないAPUに関する豊富な情報が掲載されています。

ここにしかない大学 – APU学長日記 / 出口治明著購入ページ

本書には、APUが新設した「起業部」などについての記載もあります。

先進国の中で日本ほどITリテラシーが低い国はない

ーー 現在、国民全体のITリテラシーが向上し、世間もITに対して大きな注目を寄せる情勢の中、IT以外の分野で「コロナによって変化したこと」はあるのでしょうか。

出口学長
その質問は現状認識が間違っていると思います。先進国の中で日本ほどITリテラシーが低い国はありません。もし仮に、現状の日本のITリテラシーが高ければ、IT以外にも大切な事柄が存在するのかという発想はあり得ます。しかし、先進国の中でITリテラシーに大きく遅れをとっている国において、正直、その様なことを考えている無駄な時間はないと思います。

例えば、NewYork Timesなどの海外メディアが、日本の現状として「今回のコロナ騒動の中で、保健所は今までの手書き書類をファックスで送る形式ではなく、デジタル化したようだ」という趣旨の記事を報道しましたが、その報道に対して世界中がえ?と驚いたそうです。未だに手書き文化が残っているのが日本なのです。

他にも、未だに現金で買い物をする文化があり、キャッシュレスが普及していない現状であったり、これ程AI・IT分野に遅れている国は逆に珍しいのです。

ですから、これ程までにITリテラシーが低い日本において、ITとは関係のない分野を議論したいと言うのなら、「先に平均レベルまでITリテラシーを高めてから次のテーマに移ってください」と助言したいですね。

好きこそ物の上手なれ 〜APUの起業部は、教えず、助ける〜

ーー 先程紹介してくださった書籍の中に、APUが独自に発足した起業部の話がありましたが、APUからは既に宅配サービスや映像制作の分野で会社を起業した学生の方々がいます。その様な事実を踏まえ、現場で起業に挑む学生を指導する出口先生の視点から、今後新たに起業を志す学生に対してのアドバイスなどはありますか。

出口学長
僕は、何もアドバイスをしていません。APUの起業部は、九州大学の起業部とは毛色が異なります。九州大学の起業部はいわゆる「虎の穴」で、やる気のある学生を集め、ドンドン尻を叩いて起業させる形態です。

しかし、APUの起業部は全く違います。僕自身の考えとしては、どれだけの名講義を行ったところで、その講義を受けている学生本人に「これを学びたい」という興味がなければ、単位を取った瞬間に学んだ内容の全てを忘れてしまうだろうと思っています。最近の脳科学や心理学の知見をベースにしたうえで、大学は勉強であれ課外活動であれ、学生がやりたいことを見つける場であり、我々教職員はそれを助ける役割であるという意識を持っています。

APUの起業部は漠然と「起業がしたい」という学生を集めているのではなく、具体的に「こういうことがやりたい!」というビジネスプランを持っている学生を集めて応援していくスタイルを採用しています。私たちが学生を教育を出来るとは思っていなくて、ただただ「助ける」ことしか出来ないと思ってやっているのです。

学生にとって一番良いのは「ロールモデルを作ること」です。「隣のお兄さんお姉さんがやっているのだから僕でも出来る」という感覚が、人間の活力を生み出すには最適です。ですから、APUの起業部では、先輩の起業家を招聘しマッチングさせる場を用意しています。自分のやりたいことと近いことをしている人の話を聞き、起業経験のある教職員7人程度がメンターに付くので、あくまでも挑戦するのは学生自身ですが、自分で考えて困ったらいつでも相談できる体制を作り上げています。

起業で大切なことは「何をやりたいか」です。志と算数(事業計画)が大切なのです。そして、やりたい事柄を事業プランに落とし込む能力が必要になります。APUの起業部では、その様な起業で必要な知識は念のため教えたり話したりしますが、APUの起業部では、基本的に起業家を養成するのではなく、最初から起業したいという学生の背中を押すという姿勢を取っています。

勿論、九州大学の採用する方式も優れていますし、どちらが良いかと言いたいわけではありません。しかし、APUの起業部はあくまでも、人間は物凄い能力を持っていると考え、「好きこそ物の上手なれ」「本人が腹落ちすれば自分でやっていける」という考え方を前提に活動しているということです。

(取材:京坂 雅 @miyabi_media
(デザイン:射落 美生乃 @00trans_

次回のインタビューでは「日本の学生が勉強をしない理由」や「教職員が創るべき授業とは」などについて、出口学長の意見をお聞きします。


 

〜 出口 治明(でぐち はるあき) プロフィール 〜

出口 治明(APU / 立命館アジア太平洋大学 学長)

 ・1948年、三重県生まれ。
 ・京都大学法学部卒業後、日本生命保険相互会社へ入社。
 ・ロンドン現地法人社長、国際業務部長等を歴任。
 ・2006年に同社を退職。ライフネット生命を2008年に開業。
 ・2017年にライフネット生命 代表取締役会長を退任した後、2018年1月より現職。

 APU HP:http://www.apu.ac.jp/home/
Twitter:@p_hal

~ 著書多数 ~

          


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miyabi_kyosaka
教育実践キュレーター。慶應義塾大学在学中。NPO法人日本教育再興連盟ROJE所属。読売新聞学生記者。日本若者協議会所属。某 AO入試専門塾講師。N高等学校出身。|「未来は予測するのものではなく、この手で創る」をモットーに圧倒的行動で教育を一新しようと、教育ジャーナリズムの活動をしております。