『社会でキチンと活躍出来る大人、一生ものの人間力を』〜個別指導塾TESTEAの掲げるビジョン、創業秘話〜 繁田和貴塾長 インタビュー 【1】

 COVID-19の世界的感染拡大を受け、既存の塾産業やオフラインベースの教育機関は大きなダメージを受けています。

 今回は、小学生〜高校生と幅広い年代を中心に、数々のメディアでも報道され、現在はオンライン専用の個別指導塾(通称:Web個)も敷衍されている個別指導塾TESTEAの繁田和貴塾長に「塾産業のオンライン化により、今後生じるであろう影響」や「オンライン授業のメリット・デメリット」を中心に、今後の民間塾教育について深くお話頂きました。

 今回の初回インタビュー【1】では、個別指導塾TESTEAの掲げるビジョン、創業秘話を根掘り葉掘り学んでいきます。


Contents

⚫️「社会でキチンと活躍出来る大人」「一生ものの人間力」を育成したい

⚫️ 出来上がったシステムで「受験に強い子」を育成することに疑問を感じた

⚫️ 創業資金や初期の経営費はスロットで稼いだお金から捻出した


「社会でキチンと活躍出来る大人」「一生ものの人間力」を育成したい

ー 個別指導塾TESTEAは、どのような塾なのでしょうか。既存の塾と異なる部分を交えてお伺い出来ればと思います。

繁田塾長 元々の思いとしては受験勉強で終わらない力を身につけてもらいたい、花まる学習会の⾼濱正伸代表もよく仰っていますが、「社会でキチンと活躍出来る⼤⼈を育てたい」という思い、「⼀⽣モノの⼈間⼒を⾝につけて欲しい」という思いで塾を⽴ち上げました。ですが、⽴ち上げたばかりの無名の塾ではそのようなメッセージだとなかなか反応してもらえず、結局キャッチーで受けが良い「受験指導に強い、成績を伸ばせる塾」というようなウリで、つまり⼀般的な塾とあまり変わらない打ち出し方で塾を経営してきました。

 ⾃分は⼤学時代の時に⼤きく道を逸れた経験があります。⼤学に⼊ったは良いものの、何も学ばず、留年も複数回していました。そうなってしまった原因を考えた時、もちろん自分の甘さが一番の原因ではあるのですが、中⾼⽣の間にきちんと「⼤学に⼊ったらどんなことをやるんだ」とか「その先社会に出たらどんなことをやるんだ」ということを学ぶ機会がなかったこともひとつの原因ではないかと問題意識を持ちました。そんなことも教えられる塾があれば、自分のような失敗をする人は減るだろうと思ったのが、自ら塾を立ち上げ教育を⾏なっていこうと決意したキッカケです。

 最初のスタートは2006年8⽉で、今述べたような新しい教育様式を実践しようと試みたのですが、中々集まって来る⼈が少なく、更に当時の我々にはその教育スタイルをやり切るだけのの胆⼒も財力も無かったので、最終的には成績を伸ばす⽅向にシフトしたという経緯があります。そして現在まで、1対1の個別指導塾として「受験指導に強い」という形の⾒せ⽅になっています。

ー 本意としては「受験が終わった後もしっかり学んでいけるように」ということですよね。

繁田塾長 そうですね。今後はもっとその要素を強くしていく必要があると思っています。

出来上がったシステムで「受験に強い子」を育成することに疑問を感じた

ー では、あえて「塾」という形態を選択した、特定の「譲れない目的」などはあったのでしょうか。例えば他に、小規模でも「学校法人」のような機関を創立する発想もあったのではないかと思います。

繁田塾長 正直、塾が⼀番⼿取り早っかったですね。当時の印象では、学校設⽴になると⾮常に⼿間が掛かる印象でした。加えて、学⽣時代に4年間、塾講師の経験があったので、⾃分の強みや反省(考察)を活⽤するとなると、塾を創設することが最適だと判断しました。実は元々私はSAPIX(サピックス)という進学塾に生徒として通っていて、そのご縁で学⽣時代にもSAPIXで働いたんですね。ですがそれも4年で辞め、⼤学7年間の後半3年間はずっとスロットプロ(パチンコのプロ)みたいな⽣活をしてしまいました。道を逸れていた時代です。そして、そのスロットプロをやってる時に、SAPIXの恩師に⼀度「飯⾷おう」と呼び出されて「繁⽥、お前サピックス戻ってこないか。そして俺の後を継がないか」くらいのことを⾔ってもらった事がありました。

 大変光栄なお話ではあるのですが、当時の僕は実はあまりやる気になれなくて。既に出来上がってる塾に⾏くということにそれ程魅⼒を感じなかったのだと思います。単純な受験産業が⾯⽩くないなという思いもおそらくあったので、SAPIXの出来上がったシステムの中で「受験に強い⼦」を育てるのは少し違うなと感じたのでしょう。

 実はSAPIXの後、家庭教師をやっていたこともあります。集団塾の塾講師と1対1の家庭教師の両方を経験した中で、1対1指導の可能性を感じていました。ただ問題の解説をするだけでなく、その子の背景に合わせていろんなことを伝えられるな、と。なので、1対1でカチッとカリキュラムが決まってない、ある意味⾃由に指導出来る形の塾で、色々とカスタマイズしながら教育出来るのだったら⾯⽩いかもな、という気持ちで個別指導塾TESTEAを始めました。

 ですが、結局はテスティーを始めてから、指導内容が受験指導寄りになってしまってきたことは事実です。創業のきっかけとなった思いを貫き切れずに何となく来てしまった部分は、今でも⾮常に反省しています。

創業資金や初期の経営費は、スロットで稼いだお金から捻出した

ー 数多の苦労がひしひしと伝わって来ます。少し目線の違う具体的な話に移りますが、当時、最初の立ち上げ資金や出資金はどのように準備されたのですか。

繁田塾長 それはもう、スロットで勝ったお金を使いましたよ(笑)

ー それは凄いですね。そういう意味では、スロットでの実績や体験は無駄にはなっていなかったのですね。

繁田塾長 ⽴ち上げの時には、当然ながら資⾦も必要ですし、⽴ち上げる資⾦以外にも、初期段階は給料が⼊らない中で生活もしなくてはいけませんから、当時のスロット貯⾦をドンドン切り崩していましたね。最初の約2年間は、まともに給料を取れた記憶がありません。⼀緒に⽴ち上げた仲間が実は1⼈いて、初期は彼と⼀緒に経営していましたが、やっと10万円ずつ取れた時は、2⼈で凄く喜んだ記憶があります。

 最初は「東⼤⽣が⽴ち上げた、一生モノの人間力が身につく塾」みたいな形で喧伝すれば流⾏るのかなと思っていましたが、全然そんな事はなくて(笑) ⽴ち上げ時にはちゃんとした指南役というか、メンター的な存在が欲しかったなと、今振り返れば思います。社会⼈経験全くなしで始業したので、事業を回す為の常識も理解していなかったですし、基本的なお客さんへの対応すら分かっていませんでした。後は、塾特有のこんな広告打った⽅が良いとか、こういう⾵にやると良いというノウハウも全くなく、それで最初の2年間くらいはずいぶんと回り道した気がします。

ー 世間ではしばしば、「東大生起業家」や有名・有力大学初のベンチャー企業を持ち上げる風土がありますが、最初は誰しも、非常に厳しい作業の連続なのですね。

繁田塾長 そうですね。だから、例えば今、塾を⽴ち上げたいという⼈がいて、仮に僕を頼ってきてくれたら、「こんなことやったらいいかも」と言ったアドバイスをしたいと思っています。

 いたずらに金儲けに走る塾や教育業者には疑問を禁じえませんが、やり方を間違えると生活するお金もままならず、苦労することにもなりかねません。創業当初の僕らのように。教育業界の賃金水準の低さ、労働環境の劣悪さは由々しき事態だと思っており、優秀な人材がきちんと入ってくる業界にするためにもここは改善しなくてはならないと思っています。誰もがなんらかの形で教育を受けるわけですから、そんな教育業界にこそ優秀な人材が集まるべきではないでしょうか。業界全体の待遇改善は、ひいては子どもたちの未来につながります。最近は、そんな視点も持ちながら仕事にあたるようになりました。まだまだこれからですけどね。

(取材:角田 雅治(みやび) @miyabi_media)


 次回のインタビュー【2】では、TESTEAが実施するWebオンライン上の個別指導の考察、具体的な授業メソッド、店舗展開などについてお伺いしていきます。


 

〜 繁田和貴塾長 プロフィール 〜

繁田和貴 (個別指導塾TESTEA代表)

開成中・高、東京大学経済学部卒。
早稲田・自由が丘・久我山など全7教室を運営する個別指導塾TESTEA(
testea.net)塾長。『中学受験を9割成功に導く「母親力」』など、著作多数。

Twitter:@kaiseibancho
個別指導塾TESTEA HP:testea.net
Future Edu Tokyo HP:futureedu.tokyo

著書多数


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miyabi_kyosaka
教育実践キュレーター。慶應義塾大学在学中。NPO法人日本教育再興連盟ROJE所属。読売新聞学生記者。日本若者協議会所属。某 AO入試専門塾講師。N高等学校出身。|「未来は予測するのものではなく、この手で創る」をモットーに圧倒的行動で教育を一新しようと、教育ジャーナリズムの活動をしております。