本間正人先生と行く!!国語4技能 探究の旅

本間正人先生と行く!!国語4技能 探究の旅 〜 らーのろじー株式会社 〜 

Peatix Event Page:http://ptix.at/HXLLCz(受付終了済)

目次

はじめに〜なぜ今「国語4技能」か?〜

Ⅰ「聴くこと」

Ⅱ「話すこと」

Ⅲ「読むこと」

Ⅳ「書くこと」

まとめ・今後の展望

参考サイト〜もっと探究してみたいぞ!という方へ〜


 はじめに〜なぜ今「国語4技能」か?〜 

 グローバル化の進展に伴い、英語の重要性が「英語4技能」(Listening・Reading・Speaking・Writing)とともに強く叫ばれ、各教育機関で様々な英語教育の取り組みが行われるようになり長く経ちます。一方、「国語4技能」という言葉を聞いたことがあるという方は、一体どれほどいらっしゃるでしょうか。確かに数例、実践している学校や塾は存在しているようですが、未だに系統的な理論体系は定められていません。

 長らく国語科教育においては「話すこと・聞くこと」「読むこと」「書くこと」という「3領域」のもと、学習指導が行われてきました。近頃は教科等領域横断的な学習が推進されてはいるものの、やはり学習指導要領の理念や学習活動案が、あまりに理想的すぎて具体性に欠ける傾向にありました。私自身も、国語教育を学ぶ中で「中間目標や、具体的に身に付けるべき国語の力の道標が欲しいな…」という問題意識を持っていました。

 そんな中、この度京都芸術大学・副学長であられ、言語学習のジェネラ・スペシャリスト・本間正人先生から、はたとパラダイムシフト的ご教示を承りました。

「日本人の英語に対する苦手意識は、国語の力、特に「話す・聴く」トレーニング量の圧倒的な不足に起因しているのではないか」

「それならば、いっそのこと『国語4技能』を本格的に打ち出してみようじゃないか」

そういうわけで、「国語4技能教育研究セミナー」と題しまして、レクチャーを賜るとともに、私たちも様々なアクティビティーに参加致しました!以下、ご報告致しますので、長文ではありますが、ぜひ最後までご覧になってください。

 なお、こちらは拙稿「MI理論と国語教育」の続編・応用編に近い位置づけとなっていますので、先にそちらをお読みになって頂いた方が、より理解が深まるように思います。

 それでは、幕が上がります!   ※☆は、アクティビティを表します。

Ⅰ 聴くこと 

 なぜ第一回に「聴くこと」が配置されているのかというと、一人の人間の言語発達の最初の過程が「聴くこと」だからです。私たちは、まず生まれてから大人たちの発語を真似る、つまり「聴くこと」から始めます。そこから次第に意味ある言葉を話し、読み書きができるようになります。今回のセミナーも、音声言語→文字言語の順で展開されました。

 通常私たちは「きく」には「聞く」という漢字を当て、国語科3領域の方でも「話すこと・聞くこと」という表記となっています。しかし「聞く」という場合、受動的な印象が強いため、ここでは「人の話に、自分の方から真摯に耳を傾ける」という意味合いも含めるため、「聴く」という表記に統一します。ご自身の経験を振り返ると実感が湧きやすいと思いますが、受け身になっているだけでは記憶として定着しないことが多く、自ら学びに行ったことの方が確実に記憶に残ります。「聴くこと」にも同様のことが言え、学習者が能動性を引き出し、最大限に聴く力を発揮する「アクティブ・リスニング(”Active Listening”)」の学習が、今後は一層求められます。

 さて、それではアクティビティーの方を見てゆきましょう!

☆ どうすれば「聴く力」を高められると思うか、話し合ってみよう!
 まずはグループに分かれて、上のお題について話し合いを行いました。実に様々なご意見がありましたが、「童謡や唱歌を聴き歌うことは、音韻的に美しい日本語を話すことにつながる」というご意見が、私としては最も印象深く残りました。その際は、昔から伝承されてきた意味をきちんと伝えるということを留意することで、笑ってしまうことなく真剣に取り組むようになるという貴重なご意見を頂きました。
 さらに、「聴く」の定義や「どの範囲までを含めるのか」によっても変わるのではないかという重要なご指摘も、参加者の方から挙がりました。その点は、今後私の方でも検討する必要があると考えています。

☆ 達人の朗読を聴き、心に浮かんだ風景を描いてみよう!
 お次は市原悦子さんという、朗読の大天才と称されたお方の朗読を聴いた後で、心象風景(心に思い浮かんだ情景)を話し合う活動です。娘さんを持つお父さんがとろとろと絶望感に満ちた心境を連ね、何事かと思って耳を澄まして聴いていたら、娘さんから「私、もうパパとお風呂入るのやめる」と言われたことで大ショックを受けていた…というオチでした。
 聴いた「音」を心象風景として映像化し、それを再度自身の言葉で言語化してみるという、「聴く」→「感じる」(心の眼で「見る」)→「話す・聴く」一連の流れとなっています。

 もちろん「正しい映像」などというものはなく、お一人お一人の胸の内に浮かんだ映像・心象風景が、その方にとっての「正解」です。その感覚を大切になさってほしいと思います。

 しばしば誤解されることの一つですが、「理解すること」と「感じること」は異なります。これまでの学校教育においては「感じ・味わい」や「好き嫌い」の感情を排除してきたのではないかということを、本間先生はご指摘なさっていました。しかし、五感をはじめとする諸感覚は「人間らしさ」であり、AIやロボットの内には存在しない、人間の核となるものです。つまり、学びとは「感情を伴うもの」であり「感性を磨いてゆくもの」でもあるのです。

 このことを表した図が、下の脳の断面図になります(私の手書きで恐縮ですが…)。「扁桃体」は感情を司り、「海馬」は記憶中枢です。扁桃体が活発になると、神経細胞が刺激され細胞同士の結びつきが強固となり、隣接する海馬にもその刺激が伝わり学習が促進される、という仕組みです(WAOサイエンスパーク「こうすれば記憶力は高まる!~脳の仕組みから考える学習法」http://s-park.wao.ne.jp/archives/1962)。覚えておいて、決して損はありません。

▽ 脳の断面図

 

☆ 現代落語を聴いてみよう! 
 江戸時代から絶大な人気を誇り、かの有名な夏目漱石先生も大好きだったという落語ですが、そもそも落語を聴きに行ったことがあるという方が、現代は少なくなっているのではないかと思います。確かに古典落語になると、現代には通じにくいネタなどがあり、難しいと感じますが、現在は優れた現代落語を、YouTube上でもわんさか見つけることができます。かく言う私も、落語は滅多に聴かないのですが、思わず笑いがこぼれるような場面も多くありました。

☆ 改めて、どうすれば「聴く力」を伸ばせるか、考えてみよう!
 これまでの内容を踏まえた上で、もう一度「聴く力の伸ばし方」について話し合ってみました。メンバーの方から「演劇体験が有効な手段の一つ。相手の台詞をしっかりと聴かなければ自分の台詞を切り出すことができない」というご意見がありました。ガードナー博士の「MI理論」のうちの一つ”Kinesthetic-Intelligence”(身体的知性)にも深く関わる活動です。他者の話や周囲の出来事に、常に関心を持ちアンテナを張ることというご意見もありました。さらに「聴き分ける力」という新たな概念を提唱なさった方もいらっしゃいました。「物事をリンクさせる力=聴く力=経験値」と整理することができそうです。
 そして「聴く力は質問力であり、互いに分かり合おうとする力だ」という大切なご指摘をしてくださった方もいらっしゃいました。私の方から少し補足してみたいと思います。国語の教科書教材・単元として「質問」のみを取り扱ったものはありませんが、「質問をすること」は、不安感を緩和してよりその分学びを楽しいと思えるようにするために、極めて重要な発話行為です。本間先生もご指摘なさっている通り、現代の学校教育は「個人主義モデルの競争原理」、すなわち「他者との協働の重要性に対する認識の稀薄さと、個人での作業・勉強の強制」が機能する傾向が未だに強く残っています。しかしこれでは、チームで活動を行う場面が増えた際に苦労するばかりではなく、「一人で全て抱え込まなければならない」という心理的負担の過度な増長にも繋がりかねません。そのため、教員にでも他の学習者にでも、とにかく他者に質問して疑問点を解消したり、心を軽くしたり、学びへの理解を深めたりすることは「尊い」ことなのです。

 かなり脱線しましたが、どうしてもお伝えしたかったので、ここで書いてみました。

 それでは、ここまで書いたところで改めて「聴くこと」の活動案をまとめます。「話すこと」「書くこと」の学習にも繋がるものを分けました。

 「傾聴」や「反復」「質問」等は、基本的なカウンセリング的技法でもあります。「聴く力」を磨き上げることは、「国語力」のみならず、人間性全体を高めることにも大いにつながります。社会全体が言葉や声の力を大切にすることで、本間先生が提唱されている”Life-Deep-Learning”が、個々人や社会、ひいては世界レベルで実現されるように思われます。新学習指導要領においても、三つの大きな柱の中の一つとなっている「学びに向かう力、人間性等」は、文字情報のみならず音や声なども包含した、多様な情報に対する感覚を磨き作品創作をするという学習によっても育まれます。言語以外の文脈や背景(ハイコンテクスト)も含め、全身全霊で、人が人として、他者を大切に想うことができる力、それが「聴く力」なのです。 「演劇」や「朗読」では、感情を伴わせて読むことが求められます。そのためには、自分自身・他者の抑揚や声のトーン、大きさ、表情など、文字情報のみならず様々な非言語的情報を「聴きとる」ことが必須です。普段の国語の音読・朗読においても、棒読みではなく、言葉や語感のリズムを聴きとりつつ、自身の感情を乗せる練習が広く行われるようになれば、豊かな感性を育むことにもなるのに、と感じます。

Ⅱ 話すこと 

 人と人との関係構築の上で、「聴く力」と同様欠かせないのが「話す力」です。日本人の、話すことへの「恥ずかしさ」や「自信のなさ」と、英語のスピーキングへの苦手意識の強さは密接に関係しているというのが、セミナー開始以前から本間先生が立てられていた仮説です。

 ここで、国語教育の大家・西尾実先生の分類法も用いつつ、「話す」行為の種類をカテゴライズしてみたいと思います。本間先生が挙げてくださった活動案青い太字で強調し、執筆途中で私が思いついた活動案を「補筆」としています。

※群読…一つの文章(テキスト)を、複数人で分担して読み回してゆく音読活動。

 「独話」の「演劇(台本読み)」は、感情を乗せて登場人物たちの心情・体験に浸かり、物語の中に没入する練習として最適だと考えています。また、話すことへの苦手意識を和らげる上では、第一声に何を話すかという「つかみ」の部分、いわばスタートダッシュの練習をすることも効果的です。「話す」力を高めるためには、理論を説明するよりとにかく場数を踏む、「習うより慣れよう」方式が最も近道です。早速アクティビティーを見てゆきましょう!

☆「5文字以上しりとり」をやってみよう!
 皆様子どもの頃から最も馴染み深い言葉遊び「しりとり」です。「えっ、これも学びになるの?」と思われた方もいらっしゃるかと思いますが、大丈夫です。こちらも、れっきとした言葉の学びです。ただし今回は「5文字以上」と「縛り」をかけました。柔軟に頭を回転させてみましょう(ちなみに私は一回目ですでに「ん」を繰り出し負けてしまいました)。

☆「マジカルバナナ」をやってみよう!
 こちらもよくご存知かと思われます、「マジカルバナナ」です。「バナナと言えば黄色、黄色と言えば…」というように言葉をつなげてゆく、連想ゲームです。詰まってしまった人がいたときには、他の人は「やーい」と意地悪をするのではなく、「ほら、こういうのがあるでしょ?」とヒントを出してあげるという意味で、対話的な学びになりますし、何を連想するのかで、その人の性格や好みなども分かります。

☆「山手線ゲーム」をやってみよう!
 先ほどのグループになり、あるテーマに関する単語を順番に言ってゆくというゲームです。今回は「形容詞」(「〜い」「〜しい」で終わるもの)のみという制限付きです。「あれぇ、何だか思ったより出てこない…」「あれっ、私意外とこんな言葉知ってた!」などなど、自身の語彙の引き出しの確認や発見にもなります。

 普段何気なく使っているものでも、いざ「形容詞を出さなきゃ」と意識したときに出てこないという、不思議な現象が発生します。しかしここから分かるように、普段私たちは会話するときに品詞などはほとんど意識していないのです。おそらく英語のスピーキングに苦手意識を持つ方が極端に多い一つの要因には、品詞を過剰に意識することがあるのではないでしょうか。

 また、少し大変で慣れるまで難しいとは思いますが、例えば古文単語でも応用できるように感じます。「形容詞」や「副詞」「連体詞」など、文法項目を学習する際に、この山手線ゲームを取り入れることは、語彙を増やす上でも、また自分自身や他者の語彙の引き出しを覗いてみる上でも、非常に効果的です。「知っている語彙(”passive vocabulary”)」を「使える語彙(”active vocabulary”)」へと変換し豊かにすることは、国語学習でも英語学習でも目指すべき目標の一つです。

 「しりとり」や「マジカルバナナ」、「山の手線ゲーム」はゲーム感覚で楽しみつつ、前の人とできる限り重複せず、まだ出ていない単語を考える力、つまりオリジナリティ・想像力も高めることができます。授業冒頭のアイスブレイキングや学習のきっかけづくりにもなり、子どもたちの興味の芽に水をやることにもなり得ます。

☆「好きな季節」について、インタビュアー・インタビュイーに分かれて4分間スピーチをやってみよう!
 今度はペア・ワークで行い、インタビュアー(聞き手)とインタビュイー(話し手)を設定し、4分間の交替方式で、インタビュアーがインタビュイーの話をじっくりと聴きつつ、キーワードとなりそうな言葉を発見したら、その点を掴まえて深掘りするという活動です。インタビュイーの話題に対する情熱や話す力が高まることはさることながら、インタビュアーも「深く聴く」態勢に移行することで、傾聴力も磨かれ、インタビュイーへの興味関心・理解も自ずと高まります。一見すると単純な行為に思われますが、お互いのバックグラウンドを芋づる式に知ることができる、相互理解の上では非常に重要な行為でもあります。なおかつ簡単に行うことができるので、ぜひ様々な言語活動で積極的に取り入れていきたいところです。

 ちなみに私は「秋」について語りました。高校の頃、スピーチコンテストが終わった後の空き時間に、紅葉の路を引率の先生と歩いてお喋りした思い出がありましてですね…と、いう具合で進んでいきます(笑)

 また、今回は「季節」でしたが、大きな枠組みとしては「好きな〇〇」ですので、本当に何でも自由に設定して構いません!例えば、「好きなスイーツ」というお題でしたら「シュークリームのことを語りたいっ…!」という内なる熱い想いをお相手(聞き手)に語ることで、聞き手側には「この人にはこういう一面があるのか!」という新たな発見が、話し手側にも「私、これについてこんなに好きだったんだ/こんな想いを持っていたんだ!」という再確認と発見がそれぞれ発生し、「もっと話したい/聞きたい」という意欲が引き出されやすくなります。

 数年前から「語彙力の不足」の問題が本格的に提起され、語彙の増やし方などの書籍が数多く出版されていますが、「形容詞の貧困化」もその一種であると言えます。意識しなければ、ともすれば「ヤバい!」「神!!」で全ての物事が説明できるかのような錯覚に陥りやすい時代です。ですが、これでは自身の視野・世界に対するものの見方は、ますます狭まる一方です。やはり多くの言葉を知ることは、多様な見方を知ること、さらに端的に言えば「人や物事に優しくなること」につながります。

さらに言えば、一人ひとり歩んできた人生は異なっており、それゆえ物事を観る眼(フィルター)が異なっているのも当然のことなのです。そのことへの理解がより広く浸透すれば、究極的には平和の構築にも繋がってゆき、そこに至るまでの小さなステップとして言葉の学びが位置するのではと推測しますが、いかがでしょうか。

 「読む」:「話す・聴く」活動の割合が、9:1や10:0の状態で「話す力」が身に付くとは到底言えません。これを本間先生は「ボールの支配率」と定義なさっています。話し合いやディスカッションの際も、「ディスカッションにはポイントがあります、第一に…」など、事前にやり方を細かく説明すると、ますます話すことへの抵抗感が強まってしまいます。そうではなく、直前まで話していたことについて再度ディスカッションするなど、とにかく「話す・対話する機会をプレゼントする」ことの大切さが、上記の活動からお分かりになったと思います。

 ここで、「ピア・スピーチ・ラーナー(Peer-Speech-Learner)」という言葉を提案してみたいと思います。相互に対等で対話的なパートナーである「ピア(Peer)」と共に協働的学習を行う「ピア・ラーニング(Peer-Learning)」という手法は、近年日本でも取り入れられ始めていますが、これを「話し合い・聞き合い活動」にも応用してみよう、というアイディアです。

 「話す」「聴く」ことを学び、力を伸ばすことと、教員と学習者、学習者同士の信頼関係の構築とは相互に密接不可分に関連し合っています。AIには「人間関係を形成すること」はできません。「Heart-to-Heart」の心の交換が、人間を人間たらしめる大切な要素であり、大切な学びです。山元悦子先生の言葉をお借りしますと、教員は教室空間における「信頼と心の拠り所になる学習の輪」を繋げるために「コミュニケーター」「コーディネーター」、さらには「ファシリテーター」となることが不可欠であると言えます(注)。

 「さあ、君たち仲良くするんだぞ!」と教員が言って全員が仲良くなっていれば、皆人間関係の形成で苦労などしません。そうではなく、全員に共通する話題、生活に密着する話題について自由に話し合わせることで、互いの距離がぐっと縮まり、自然と親近感が生まれるのです。情緒性・身体感覚や生身の感覚(五感)を伴った「話すこと」「聴くこと」の活動が、この時代の国語教育の中には不可欠です。

それでは次に、「読むこと」へ参りましょう!

 (注)山元悦子「六 音声言語教育の研究」森田信義・山元隆春・山元悦子・千々岩弘一編『新訂国語科教育学の基礎』所収、渓水社、2010年、pp.230-277.

 Ⅲ 読むこと 

 「読むこと」は、従来の国語科の中でも最も研究・実践蓄積の厚みがある分野なのではないでしょうか。しかし、やはり教員側・教科書側の指示によって学習者の読みが誘導され、「正解」「模範解答」の権力が根強く残存しており、それだけに学習者の学習意欲も激減し眠りに誘われてしまうケースが多いように思われます。私の経験を振り返ってみても、国語で最も眠る生徒の割合が高かったのは、現代文でも古文でも、先生の講義形式の授業+「読むこと」だったように記憶しています。

 何より「楽しい!」「もっと学びたい!」という感情を引き出すようデザインすることが、どの学びのプロセスにおいても不可欠です。その一端を、以下のアクティビティーで覗いてみましょう!

☆「トウ」と読む漢字を思いつく限り挙げてみよう!
 センター国語の説明文の第一問目は、必ず漢字の問題が出題されるかと思います。5つの選択肢の中から、問題の漢字(カタカナになっている部分)と同じ漢字を選択するという「正解」を導くものです。
 しかしここでは、問題の漢字の音読みから「トウ」を選び、「トウ」と読む漢字を、グループのメンバーと協力してあらん限り書き出してみる、という活動を行いました。全体共有の際には、「ああ、そんな漢字もあったなぁ、悔しい!」「えっ、そんな漢字も思いつくなんて、あの人凄く漢字の貯蓄が豊富だなぁ!」などなど、小さな驚きと感動が生まれました。これは自分一人でもできる活動です。一日5分でも実践してみることで、シナプスがガンガン活性化され、さらに学習が捗ること、請け合いです。

☆ センター入試問題を探究してみよう!
 「どうせ選択式の問題を、いかに効率的に解けば良いか、でしょ?そんなのは学校でも塾でも飽きるほどやってきたし」と思われた方、ノンノンノン。このアクティビティーには「探究型読み・対話」という調味料も加わるので、一味も二味も違います。センター国語では代々様々な文章が登場し、多くの受験生を悩ませてきたわけですが、その中でも非常に良心的な文章というものが存在します。今回は越前敏弥先生の『翻訳百景』を題材に行いました。主に2種類の活動を行いましたので、順番にご紹介致します。
 最初は、本文中に「翻訳家は楽観的でなければならない」という旨の文が登場しましたので、それをピックアップし「自分は楽観的?それとも悲観的?どういう時に楽観的/悲観的になる?」というテーマで、グループに分かれ話し合いを行いました。感情は誰でも持っているものですので、本題に入る前のウォーミングアップとしても話し合いやすい内容かと思います。
 次の活動も、探究と対話を重視したものとなっています。自分自身が気になったキーワードやフレーズなどを探し、その部分について自分なりに考えてみます。その後、考えたことをグループで持ち寄り、それぞれの意見を聴いて、共通点・相違点などを整理してみます。発表者を決め、全体で共有することで、自分自身の考えも深まりますし、全体の考えの深化に貢献することにもなります。
 さらに、別の方の意見を聴いている中で「そう言えば、今の話を聴いてて思い出したんだけど……」など、新たな意見も創発されます。これは対話の中でこそ得ることのできる学びの果実です。
 読む方の立場によって、解釈の仕方が変わることも非常に面白かったです。筆者の文章に対して、ちょっと反発心を抱いてみたくなったり、大仰な表現…と思ったりと、実に多様な解釈が生まれました。このような多様な解釈を、国語科の授業の中でどのようにフィードバックしまとめてゆくかということも、長年現場や大学の先生方が奮闘してきた大きな課題の一つとなっています。
 そして、たとえその場ですぐに理解できなかったとしても、何度か読む、あるいは経験を積んでから読むと、自然と理解できるようになる、つまり学びの機会は一旦先延ばしに先延ばしになるけれど、それもとても大切なことだという重要なご指摘も、参加者の方の中からありました。入試では、その場でいかに素早く考え判断し、正解を叩き出せるかが重視されていますが、それがあまりに強い力を持ちすぎているように思います。じっくりと咀嚼して反芻し、経験とともにいつの間にか理解できるようになってゆくという、ゆっくりではありますが着実に学んでいっているのだという実感と喜びを味わう。この大切さが、より広く教えられれば良いなと思っています。

☆「翻訳は可能か・不可能か」について、ディベートしてみよう!
 ここまで話し合い共有してきた内容を踏まえ、最後は翻訳について「可能か・不可能か」に分かれ、ディベートを行いました。私ははじめ「可能」の立場だったのですが、他のメンバーの「不可能」の理由・根拠を拝見しているうちに次第に心が揺らぎ、最終的には「可能4:不可能6」という、なんとも中途半端な結論に至りました(笑)

 あえて立場を入れ替え、自分の本心とは異なる観点から「思考実験」してみるトレーニングも、これまでの国語科の中ではあまりなされてこなかったように思います。「賛成反対に分かれればいいんでしょ?じゃ、テキトーに意見言っていって」と形骸化してしまう、本間先生が危惧なさっている「型にはまった『ナーンちゃって探究学習』」風に申し上げれば「ナーンちゃってディベート」が横行し、対話やそこから得られる探究の本来的な意義が損なわれてしまっていたのではないかと考えます。ディベートは「話し合いの形態の一種」以上に、「自己変容学習」でもあるという認識を、ぜひ多くの方々に深めて頂きたいと思います。

 これまでの国語教育の中で話し合い学習がなかなか浸透しなかった大きな要因の一つとして、「空気を読み、和を貴ぶ」ことがあまりにも重視されてしまっていたことが挙げられます。端的に言ってしまえば、話し合い学習で「空気が読めない奴だ」と判断された場合、それが授業外の学校生活や友人関係にも多大な影響を及ぼしてしまうということです。日本では特に、「人/人格とその人の意見を区別すること」に不慣れな傾向にあるということは、私自身も感じてきました。まずはその区別を明確にするよう意識し、「多様性への理解と共感を基盤としつつ、論理的・建設的に思考し、優しく批判して、より良い意見を皆で創り出す力」を両輪で育んでいくことを通して、「空気を良くする」国語を創りたいということを、一目標としてここで呈示させて頂きます。

 以上が「読むこと」の主要アクティビティーでした。全ての活動が、多様な意見を受容し、開かれたままで対話を終える「オープン・ダイアローグ(”open dialogue)”」という形式をとっていました。また今回の学び方は「対話型鑑賞」という、一つの作品や文章を全員で鑑賞し自由に対話し合うものでもありました。余談ではありますが、「対話型鑑賞」は美術館や美術教育において注目されている手法で、国語科においても「対話型鑑賞」が実践できるのではないかというのが私の関心事項の一つです。例えば最近で言えば、『国語便覧』などの副教材や「ジャパンサーチ」などのウェブサイトから、グループで自由に美術作品(主に絵画)を選択して対話を膨らませ、それをパネルに整理して発表を行う、といった学習活動を取り入れた「話すこと・聞くこと」のオリジナル教科書教材を作成しています。観察力・批判的思考力・コミュニケーション力を高め、他者の異なる見方を聴くことで多様性を知り学びを深めることを目的として発展した「対話型鑑賞」学習は、まさに国語で本格的に構築されてゆくべき一つの学習体系だと言えます。ここから「見ること」の国語の力、MI理論でいうところの” Spatial-Visual-Intelligence”(空間的・視覚的知性)と”Linguistic-Intelligence”(言語的知性)、”Interpersonal-Intelligence”(対人関係的知性)の融合についても考えることができそうです。…はっ、申し訳ありません、またまた道草を食ってしまいました。

 評論にせよ文学作品にせよ、設定され強制された「正解」を暗記して点数をとることではなく、学習者自身が好きだと思うことや、自分なりの問いを立てて追究できるような学習デザインを、指導者(教員)が学習者とともに設計してゆくことが求められます。文章に出逢えた喜びや率直な感動を、友人と話し合い、相互で刺激し合い、読書への想いがますます高まるような教室空間が整えられることを、私も願っています。

 Ⅳ 書くこと 

 さて、いよいよ最後の項目に参りました。「書くこと」は、少し固い用語で言えば「文字言語による言語表出(アウトプット)」です。人類の言葉の発達は「書く」力によって飛躍的な進歩を遂げたといっても過言ではありません。しかし従来の国語教育の中では、どうしても「読むこと」に偏重しており、「書くこと」のジャンルも、意見文や志望理由書など、非常に限定されたものでした。創作物に関して、まとまった学習活動をしたことがあるよという方は、それほど多くないのではないでしょうか。

 例えば、近年大学の講義でも積極的に取り入れられている「クリエイティブ・ライティング(“Creative Writing”)」では、「コロケーション(“collocation”)」(連結語句、連語)を重視します。つまり、用いられる頻度の高く、つながりが自然だとされる傾向の強い単語と単語の組み合わせのことです。通常だと考えないような語の組み合わせやネーミングを考えることで、創造性を引き出し、文章全体に反映させるというのが「クリエイティブ・ライティング」の概要です。

 「コーパス(“Corpus”)」と言ったりもしますが、こちらは主に英語教育や大学での言語学一般に用いられるもので、国語科・国語学習の中では、研究報告が数例見られる程度でほとんど取り入れられていないと思われます。コーパスが本格的に授業の中でも取り入れられるようになれば…想像しただけでも胸が躍りますね!この記事の本文の後に、「参考サイト」としてコーパス等に関するウェブサイトを掲載しましたので、宜しければアクセスなさってみてください。

☆「にんべん」の付く漢字を、思いつく限り書き出してみよう!  「読むこと」の「トウ」と読む漢字を書き出してみる、というアクティビティーとも似ていますが、こちらは漢字の「へん」に着目してメンバーと協力して書き出すという点で異なります。漢字の成り立ちについての知識も身に付いていきます。
 なんと100個もの漢字を書き出したグループがあり、一同驚嘆の声を上げました!

☆ 書き出した漢字の特徴を分析してみよう!
 再度グループに戻り、今度は挙げた漢字に共通点・相違点を検討し、グルーピングしてみます。一例を挙げると「働・体・休などは、様子が具体的に思い浮かぶものだけれど、何・仮などは抽象的な概念を表しているのでは」「にんべん以外の『へん』につく漢字は少なく、にんべんとセットになっているような漢字が多い気がする」などなど、多くの興味深いご意見が見受けられました。
 形成文字・会意文字という観点から分析し、漢字カードを作ることも、今後試みてみたいことの一つです。ここで「会意兼形成文字」という、大人の方でも滅多に耳にしないような言葉を調べてくださった素晴らしい小学生の参加者の方もいらっしゃり、脱帽致しました!

☆ にんべんの新しい漢字を作ってみよう!
 偏は「にんべん」で固定させ、既知の知識のみならず、各々の想像性を総動員した創作活動です。どれも紹介したい漢字ばかりだったのですが、以下、私の手書きとともに「アニメ」「三密」「チームワーク」「一期一会」をご紹介致します!(またもや手書きで恐れ入ります…。)





 漢字は人類の知的遺産の創作物の一つです。ひらがな・カタカナに加え、2000文字以上もの漢字を包含する日本語は、実は他言語にも類を見ないほど、豊かな文字文化を持つ言語体系と言えるのです。書道の時間に、課題以外に創作漢字を編み出してそれを毛筆で書くといった学習活動を取り入れると、子どもたちの創造性や言葉に対する興味関心・愛着などが一層育まれるように思います。

☆ セミナーのキャッチコピーを作ってみよう!
 「また国語教育研究セミナーをやるとしたら、どんなキャッチコピーが見る人の目を惹くか?」というお題で取り組みました。書き出しのみに着目した国語の学習も、斬新なアプローチ法です。素敵なキャッチコピーが勢ぞろいし、この場で結論は出ませんでしたが、どのようなキャッチコピーになるのか、乞うご期待です!

 0から1を生み出すこと、これもAIやロボットではなしえない、人間の資質です。音声言語のアウトプットである「話すこと」も同様ですが、私たちは様々な媒体を用いて「書くこと」で、新たな言葉や概念、アイディアを創造する力を、本質的に持って生まれています。それを国語教育・国語学習の中で十分に認識し、育んでゆくことは、”In-depth learner”としての学習者の成長にもつながり得ると考えています。

 まとめ・今後の展望 

 ここまで、長い長い報告をお読み頂き、本当にありがとうございました。第一回から第四回までの内容を、再度表で整理してみると、以下のようになります。

 この他、空いている箇所を埋めたり、アウトプットの形式を細分化したり、様々な観点を加えたりすることで、また違った表になってゆくかと思いますが、それは今後の検討事項と致します。

 さらに、ご紹介してきたアクティビティーを、より抽象化して捉え、国語4技能のみならず全ての学びに普遍化されうるものとして、図解してみます。

 繰り返しになってしまうかもしれませんが、上記に示した学習の要素は、いずれもAIやロボットには内在し得ない、人間に与えられた「尊い贈りもの」です。他者と信頼関係・絆を構築しつつ(協調学習”Cooperative-Learning”)、学びの場や学びそのものの創造に取り組み(創造的学習”Creative-Learning”)、その中で自分自身や他者の知識・人生経験を再発見して感動する(発見的学習”Learning-by-Unearthing”)……。この一連の学びの循環を深めることにより、「真に深い学習”In-Depth Learning”」が実現されてゆく、ということなのではないかと考えています。上記の図解に示した構造は、学習者の双眸(そうぼう)に光を宿らせるような教育・学習開発を行う際の、一つの地図ともなり得るのではないでしょうか。この図解を踏まえつつ、従来の3領域と今回の4技能を組み合わせることで、より領域横断的で探究的な国語の学びが可能となるのではないかと考えています。

 今回の研究セミナーを通して、松下幸之助先生の「衆知を集める」という御言葉が、個人のみならず全体の国語の力を高める形で実現されたと実感致しました。「国語を科学する」ことで、再現可能性を高め、方法論として体系化する一端を担いたいです。また、MI理論と4技能とを組み合わせ、各学年の発達段階に応じた国語学習の目標・計画を設計することができたらと思っています。道程はまだまだ遠いですが、少しでも近づけるよう、私自身さらなる研究と研鑽を積み、衆知を結集させたいと考えております。

 「国語」、さらに「言葉の学び」は、人間の全ての学びの基盤とも言え、生涯にわたって続いてゆくものであり、その旅路に終わりはありません。ありとあらゆる方法を編み出し、言葉に限らず全ての学び、ひいては人生のキャンバス/楽譜を自由に彩り奏でる楽しさの一端を、今回の記事で味わって頂けたのでしたら、執筆者として本望です。

 最後になりますが、1ヶ月にもわたり至福の学びと探究の場を提供してくださった本間先生、そしてご参加くださった全ての参加者の皆様に、心から御礼申し上げます。私は最終的に文章化して、内容整理は致しましたが、このセミナーを創ってくださったのは、本間先生と参加者の皆様です。全体で協力して探究し、お一人おひとりの知や経験を統合させてゆくことの愉しさに専心できたことは、私にとって言葉では言い表すことのできないほど大きな喜びでした。誠にありがとうございました。

(執筆:ブラッドリー桜ミシェル @burasaku_hibun)


 

執筆者:ブラッドリー桜ミシェル

【Profile】
筑波大学 人文・文化学群 比較文化学類3年

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ブラッドリー桜ミシェル

【Comment】
 「MI理論と国語教育」に引き続き、本間先生が数々の素晴らしいアイディアの宝箱を準備してくださり、その中から私たちが学びとったり、また新たな知識と体験の宝石を入れたりと、まさに珠玉の時間でした。国語4技能を学校教育としての国語科のみならず「学習学」の視点から組み立てることを目指し、今後も研究と対話を重ねてゆく所存です。言葉は人間の源泉とも言えるものですので、言葉を学び探究してゆくことが、一人ひとりの学びの泉を豊かにしLife-Deep-Learningへと深化させることにも繋がると信じています。

 

 

参考サイト〜もっと探究してみたいぞ!という方へ〜

◎コーパスサイト

まず日本語コーパスの王者とも言える、国立国語研究所の「コーパス開発センター」からご紹介したいと思います。『少納言』は登録不要、『中納言』は登録制ではありますが無料でご利用可能です(ただ、コーパスの種類によっては「当面無料とするが、有料とする際には事前に連絡する」というものもありますので、必ずご確認ください)。

国立国語研究所「コーパス開発センター」

そしてそして、我が筑波大学にも「筑波ウェブコーパス」と呼ばれる、無料コーパス検索サイトがございます!!こちらの方が簡単に操作できるようですので、まずはこちらからお試し頂くと良いと思います。見るだけでもわくわくしますよ。

筑波大学 日本語・日本事情遠隔教育拠点「筑波ウェブコーパス」

◎日本語シソーラス(類語)サイト

 「この言葉じゃなくて、もっとカッコいい言い回しないかなぁ」「語彙への意識を高めたい!」というそこのあなた、ぜひここにお立ち寄りください。私もレポート執筆の際には何度助けられたか数知れません。このサイトのみならず、アナログ・デジタル双方の類語辞典をバンバン活用して、語彙の枝葉を伸ばしていきましょう!

  ・日本語シソーラス連想類語辞典

◎文体診断ロゴーン

 「私の文体って、作家に例えると誰なんだろう?」「自分の文章の傾向ってどんなだろう?」といった疑問を抱えている方や、文章執筆への意欲向上につなげたい方におすすめのサイトです。Wordなどで書いたご自身の文章をコピーペーストすれば、あっという間に診断してくれます。ちょっと文章で遊びたいというときにも最高です。

  ・文体診断ロゴーン

◎デジタルアーカイブ

 「歴史的な文字・文化資料も見て、理解を深めてみたい!でも日常生活の中で、そんなに貴重なものに触れる機会もないし、どうしたらいいんだろう?」ご安心ください、あなたがお持ちの「どこでもドア」もとい、PCやスマートフォンから、簡単にアクセスできます。

まず一つ目、国立国会図書館デジタルコレクションは宝庫の山です。ここには、通常の本屋さんでは発見できないような著作権切れの書籍や雑誌、古典籍(古典の書物)、博士論文、貴重録音・映像・関係資料が揃っており、インターネット公開設定になっているものに関しては全て無料で閲覧することができます。全て探索し尽くそうと思えば、ゆうに数十年はかかることでしょう。私も普段から重宝しています。

 ・国立国会図書館デジタルコレクション

 次に二つ目、最近では書籍のみならず、文化財や美術・芸術分野などの資料も、ジャパンサーチというところで無料公開されるようになりました。先ほどの国立国会図書館デジタルコレクションが書籍分野の宝の山であるとするならば、こちらのジャパンサーチは日本の文化遺産の貯蔵庫(ウェブページでは「国の分野横断型統合ポータル」と紹介)と言えるでしょう。視覚的な刺激を受けることは、学習においても非常に有効です。是非とも、色々と検索されてみてください。

 ・ジャパンサーチ

◎論文探索

 「この研究ってされているのかな?」「ゲームだけじゃなくて、もっと学問的に追究してみたい!」そんな情熱を少しでもお持ちの方は、ぜひ論文を検索してみることを強くおすすめ致します。CiNiiというサイトが代表的ですが、他にも山ほどあります。ひょっとすると、あなたがその分野の第一人者になれるかも…!?国語教育、眠る暇がないくらい、奥が深くてとても面白いですよ。

国語教育の一番の権威は「全国大学国語教育学会」というところです。こちらからは『国語科教育』という紀要論文が刊行されています。ちなみに筑波大学の人文科教育研究室も、遠い前身の東京高等師範学校から続く非常に歴史あるところで、こちらの紀要雑誌は『人文科教育学会』です。ぜひ覗きにいらしてください。

 ・CiNii 

 ・全国大学国語教育学会『国語科教育』

筑波大学人文科教育研究『人文科教育学会』

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