夢中・没頭の前に、市場戦略を立てよう。

#クリエイティブ雑記

 今回は人に向けて書くというより、自分への戒めを込めて記します。

 最近、書評としてもメディアに掲載した『シン・ニホン/安宅和人先生著』を拝読して、強烈に感じた事があります。

 これからは異人の時代だということ。

 しかし、その異人は自己の市場価値を理解・把握できる人間でないといけない

 世間は何度も問いかける。あなたに好きな事はあるのか?あなたは何を追求したいのか?と。しかし、本質的で核心的部分が抜け落ちた表層的な議論に時間を使っている余裕など日本にはありません。つまり、ただただ「何かにハマればいい」ではもうこれからやっていけない蓋然性が高いと考えています。

 その理由を表す、もう格言ではないかというレベルに強烈な印象を受けた、『シン・ニホン』から派生して生まれた文言があります。

 「ゲームに没頭するのは良いが、受信者としてゲームだけをしていては、それはただ単純に『制作会社の掌の上で転がされているだけ』でしかない。発信者として自分の価値を示さなければ、他者との差別化ができず、市場経済に取り残される。

 この言葉は私が創ったのですが(笑)。いやしかし、この事実は非常に重要です。ゲームをただただ熱中してやっている子供を見て「あ〜そうね!これからはそういう没頭が大切なんだよ!」というのは確かに大切で、それがなきゃ何も始まらず、没頭力・探究力・追究力は今後の社会での極めて重要なファクターになり得ます。

 しかし、しかしです。その前提を踏まえた上で、親御さんに理解して欲しい。

 「あなたの子供はそれで将来食っていけるのか」を。

 え?何?何?食っていけるでしょ!ホリエモンとか高名な人達が連呼してるでしょ!「好きな事をやれ!」って。

 違うんです。そうじゃないと思うんです。

 好きな事をして生きていく為には「その行動は人と差別化できているか?」という事を常に問位続けなければならないからです。いやむしろ、好きな事をするより、差別化できる事をすべきなのです。

 例えば、任天堂株式会社が制作する「Nintendo Swicth」の2019年度3月期の国内普及台数は「約800万台」。これが何を意味するのかと言えば、800万人の、いや同時複数接続ならより多くの人とキミは「同じ事をやっている」という事です。

 ソフトウェアの内容が違うのだからとかいう皮相的な議論ではありません。

 あなたは「発信者」なのか?

 これが核です。要は、気付かれろ、ということ。

 自分がやっている事を皆に知らせろ!ということ。

 なぜかって?

 だって、800万人の中から、あなたが特別な存在として誰かに選出される蓋然性は、今のまま(受信者のまま)では限りなく低いから。

 そしてもう一つ大切な事。今述べた思考は、幼児期の子供達、小学校低学年の子供達が簡単に理解できる事ではなく、だからその上で「親が誰よりも学ぼう」ということです。

 これからは親が、子供はどのステージに立てば他者と差別化を図ることが出来て、どの段階で何をすれば良いのかを「学ばなければ」いけないと思うんです。

 まぁ小学校高学年(特に小学5年生)や中高生段階になるとある程度自我が確立し始めると思うので、その辺りからはその「市場経済を読み取る力」を傾斜的に子供に頼ってもいいかもしれないですが。

 しかし、その時期に至るまでは必ずや必要になってくるんです。

 市場経済というより、市場価値ですね。ニッチな分野を徹底的に極め、他者と差別化をする。その上で、ニッチな分野且つ好きな分野である場所を詮索する。そうすれば、好きこそ物の上手なれ状態に陥り、子供が爆発的に進歩する可能性が高いんです。

 私の大学の友人、N高時代の友人を見ていても同様に、非常に極端な性格の奴ほど圧倒的に市場価値が高く評価されています。何かに秀でると、他の部分に目が行かなくなるので、外見に全く気を使わない人も一杯いました。

 でも、そんな容姿なんて本質的じゃありません。彼らは常に知っている。楽しい事をどう市場価値に結びつけるかを。

 ただ単純にTVやPCの前に居座ってゲームだけをしていても、それはただ、数値換算不可能な圧倒的高学歴人材が創立したユニコーン企業発の「麻薬ドラッグ」を飲み続けているのと何ら変わりません。

 自分が今どこにいるのか。それを「メタ認知」する必要があるのです。

 その俯瞰的思考が、今から何をすべきなのか、明日はどう生きた方がベターなのかを導いてくれるんです。

 「現代は情報洪水である」と10年前に言われていたそうですが、今はその現象がより一層加速的に推進されていて、ウェブサイトの数なんてゆうに兆を超えています。兆では済まされない程度にまで。

 子が没頭し、その最中親が学ぶ。ついでに発信する。これがワンセットだと考えた方が良いでしょう。

 私も今、教育委員会・文部科学省から何て言われるんだろうと思いながらも、世の中、教育界を変えるべくアイデアを形にしつつあります。それはまた公表後のお楽しみですが、未来は常に私たちの手の中にあるんです。

 今日の羅列した重要項はぜひ皆さんに共有したかったので書きました。今『教えるということ/出口治明著』を感動しながら拝読していますが、その上でもアウトプットの重要性は語られていて、発信しなけりゃ人は成長しない。好きな事しか人は覚えてない。

 大学の教授が、ある日の授業でこう言ったんです。

 あなた達の世代は本当にラッキーだ。恵まれた事に感謝をして、好きな事を徹底的に追究しなさい。

 この考え方が理解できない人は、NHKの『新 映像の世紀』を視聴する事をお勧めします。そこでは、映像の世紀に起きた悲惨な真実、その生身の映像、一発の銃弾で無数の輝くべきだった命が奪われる瞬間が垣間見えます。今ある程度貧困率も低下している社会で暮らせている事の真髄的な喜びを感じるでしょう。

 私は、衝撃的すぎて何度も目を疑いました。それは、視覚的な苦しさと共に、当時の人々の事を考えた時の精神的苦慮も伴って。

 話を戻して最後にもう一度言います。

 「ゲームに没頭するのは良いが、受信者としてゲームだけをしていては、それはただ単純に『制作会社の掌の上で転がされているだけ』でしかない。発信者として自分の価値を示さなければ、他者との差別化ができず、市場経済に取り残される。」

 私は今、この書籍を併読しています。これからの社会はきっと面白い。今後毎週日曜日は「クリエイティブ雑記」を配信していきます。

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miyabi_kyosaka
教育実践キュレーター。慶應義塾大学在学中。NPO法人日本教育再興連盟ROJE所属。読売新聞学生記者。日本若者協議会所属。某 AO入試専門塾講師。N高等学校出身。|「未来は予測するのものではなく、この手で創る」をモットーに圧倒的行動で教育を一新しようと、教育ジャーナリズムの活動をしております。