『人は、なぜ他人を許せないのか?』中野信子著 〜書評〜

 この度『人は、なぜ他人を許せないのか?/中野信子著』を完読したので、その書評を記します。この書籍は、人間の脳が元来的・遺伝的に有する「正義中毒(他人に正義の制裁を加える事に悦びを感じる中毒)」の謎を、歴史的視点やジェンダー的視点、国際的視点やインターネット的視点から解き明かした著作となっています。

『人は、なぜ他人を許せないのか?/中野信子著』

 本書は4章からなる構成で、第1章ではネット時代の「正義」を考察し、第2章では日本社会の特殊性と「正義」の関係性が紐解かれ、第3章ではなぜ人は人を許せなくなってしまうのかを分析し、第4章では「正義中毒」から自分を解放する為の視座が紹介されています。基本的に多様な文献・統計データ・研究を参照しながらの説明が施されているので、日本社会の抱える「正義中毒問題」が、ページを捲るにつれて徐々に明白化されいき、最終的には自己がどう変容すべきかも記載されているので、現代の正義中毒社会を精査し、今後の展望を考えていく上で非常に有用な著書となっております。

 では、いつもの流れ(気になった部分の要約→批評)で記事を進めていきます。


SNSが隠れていた争いを「見える化」した

 意見対立者が一定的なルールに基づいた建設的議論を為すのであればまだしも、反対しているという単純な動機のみで人を面罵(めんば)するというのは単なる子どもの喧嘩である。実際的には誰しも損得感情を抱え忖度を行うので、それらのブレーキが抑止力となり、対面的でリアルな人間関係の中ではSNS上で頻見される様な罵詈雑言は垣間見えない。

 面従腹背的な姿勢が日本では一般化しており、上司の前で本音を言う部下は少数である。しかし現代、その面従腹背な態度がSNSにより可視化されたのである。既に20年以上もSNS上では、根拠に乏しい告発や真偽が不明な論説が広域に発信される様になった。そして、今や世論を動かしつつある。

 代表例としては、有名人の不用意で不信的な言論に対して、無数のアカウントがその事柄に是非を言及する「炎上」が多発した。SNS上のアカウントは簡単に削除可能なので、気分次第で不必要に他人に関与する事が可能になり、余計な意見開陳が増加した。筆者(中野)はSNSと距離をとっているが、正義中毒の人にとっては「自説を肯定化する魅力的で簡易的なツール」なのである。

〜 comment 〜

 「不必要に自説を肯定化できるコスパの良いツール」という視点は極めて面白い表現手法。ただ、内容面に関して補足すると、確かにSNSは罵詈雑言の集約装置でありますが、加えて「過去の世界では聞こえなかった声が聞こえてしまう側面」が極めて重要な要素であると考えています。スピーチ(人前で話す、話し合う)などの場面ではしばしば「同じ事を何回も言う事が大切」と謳われておりますが、それは「現実空間の声は消えていくから」です。しかし、SNSでは全てが可視化され、一気に記録化されます。その不利益についても、これからこの書籍を読む方には考えてみて欲しいですね。

多様性を狭めた集団は滅亡に向かう

 正義中毒にかかった人々は「自分は正しい。自分は大丈夫な人間だ」と言いつつも、実際的には、自分も批判の的となるを恐れ、多数派への参画を意識している部分がある。しかし、社会全体の利益を顧みれば、この様な「多数派への賛同常習」は危険な方向に進む。多様性を拒む集団は、短期的には生産性を向上させ、出生率も増率するが、「進化」という歴史においては滅亡へと向かう。

 よって、ある程度のコストが嵩んでも、種の保存・存続を鑑みた際、多様性は担保すべきなのである。現代の急激に変容する社会を考慮すれば、急速に物事が変化する中では、ある程度「フリーライダー」や「人と異なる言動をする人」が内在する社会の方が、その人達が先に新的な時代潮流に乗って皆を先導するので、有利なのである。営業専業の人員が多数いる法人企業が、その営業という仕事自体が社会で求められなくなった際に完全崩壊する可能性があるのだ。

〜 comment 〜

 激しく同意です。例えば、今回のCovid-19で顕在化したのは「集団の内部に、従来から多様性を内在化させていたか否か」という多様性担保の能力です。これは今の時代、戦略というよりもはや「前提」になりつつあります。Googleの入社試験では、性別や国籍や肌色による不公正性を除外する為に、それらに関する情報のやり取りが一切排除されています。巨大ユニコーン企業の洗礼から理解できる通り、多様に変質するニーズに対応する為には、サービスの提供者側(会社側)のDiversityを格上げする必要があるのです。

女性の方が空気を読むのが得意な理由

 「皆に同調する」という行為をなす為に寛容な機能が、左即答用の一部である「上等側頭葉」に装備されている。言語を司る上側頭回という部位の直下にあるのだが、言語野と近しい場所にあるという事に着目した場合、男性と女性では性差が存在し、女性の方が男性より統計的有意差が認められるレベルでその部位が発達している。女性の方が空気を読む能力に長け、自身で身動きを統制しがちなのである。

 例えば、仲の良いママ友はいつも肯定し、否定的になりにくい傾向にあったりする。多数の研究者が示唆する解釈を参照すると、その女性特有の空気認知能力の高さは「子育て」に起因すると考えられている。子育ての際、乳児による非言語的メッセージを受容する為に、こうした能力が内面化された蓋然性が高いというのである。乳児は顔色や表情で表現を為す為、その詳細を読み取る必要があるのだ。

〜 comment 〜

 これに関しては新事実として覚えておきたいリストに入りましたね。昔、『話を聞かない男、地図が読めない女/アラン・ピーズ、バーバラ。ピーズ』という書籍を拝読した事があり、確かに女性の方が言語運用能力や獲得能力に優位性があるという研究結果は既知であったのですが、今回のこの現象説明を垣間見た時、言語運用能力に優性があっても、他方ではデメリットも存在するのだなと少しショックでした。

 しかしながら、統計とは利活用してナンボであり、私も中高生の頃、同質性の高いコミュニティで排除された経験があるので、この事実を交え、今後は女性の方々へ少しでも貢献出来る様な記事を執筆していければと感じております。

「リベラル」と「保守」の対立は、脳が引き起こしていた?

 社会心理学者でニューヨーク大学スターンビジネススクールのジョナサン・ハイト教授による『The Righteous Mind : Why Good People are Divided by Politics and Religion(2002)』(『社会はなぜ右と左に分かれるのか ー 対立を越えるための道徳心理学』高橋洋訳(2015))という著作が、少し前アメリカで話題に浮上した。

 その中で、リベラルを「新規探索性が高く、善悪や倫理観に親和性が高い判断をする人々の集団」と定義し、保守派を「新規探索性は低く、慣れ親しんだ物事と違うモノを拒み、善悪や倫理観よりも慣行を優先する集団」を仮定した場合、リベラルが保守に勝つ事は科学的に不可能であるとハイト教授は指摘する。

 日本では、古くから自民党一党が兼ねてから55年体制を敷き、党派というより自民党政権内での分裂が表出する事が多く、理解し難い部分があるが、アメリカでは「民主党=リベラル、共和党=保守」という基底的な構図が確立されている。

 この著作の中では、リベラルになり得るか、或いは保守になりやすいかが遺伝的にある程度確定されていると述べられている。あくまで統計における有意な差分でしかないが、人生経験の全くない人々に同様の情報を与え、一つの選択肢を選定してもらった場合、その選定に遺伝的要素が具現化される蓋然性が高いのである。本人は「自発的に選択している」と感ずる事でも、実は遺伝的に醸成されている主張なのかもしれないのである。

〜 comment 〜

 「遺伝か環境か」という議論は昨今、折衷的であるというのが最終解答になりつつありますが、この問題も同様で、確かに遺伝的要素で確立された観念があるのかもしれませんが、それに埋没して自己を閉鎖するのではなく、置かれた環境で学び取れる事を全力で学び、そのうえで良識ある判断を為していくべきでしょう。以前私が行ったツイートで以下の様なものがあるのでぜひ参考に。

 

 

「昔は良かった」は脳の衰えのサイン

 「昔は良かった」という人をよく見かけるが、昔と今を比較して、昔が本当に良かった根拠をあなたはどれだけ列挙する事が可能か。人間は記憶編集能力が高く、自己に都合の良い方へ曲解的に過去を理解する事が出来る生き物なので、ついついその罠にハマりがちですが、その部分を留意せずに「最近の若者は」と言い切るのは早計である。

 老化により前頭前野(ワーキングメモリー、反応抑制、行動の切り替え、プラニング、推論などの認知・実行機能を司る脳内部位)が劣化した場合、その様な言動が現れるのである。具体例として、同じ定食屋に毎日通い続ける事や、同類的な人としか人間関係を持たない事、或いは昔の映像や話ばかりを視聴する事で昔話しか面白くなくなるなどがある。

〜 comment 〜

 正直私はピンピンなので全く心配ないのですが、出来れば気付いた瞬間に「他者に伝えてあげる事」も肝要だと思います。人間は所属する環境に左右される生き物なので、日常的に関わりを持つ他者がAという方向に進み始めれば、自ずと自分も反応し、その領域を気に掛けてしまう気質があるのです。従って、完全に他者をコントロールする事など自明的に不可能ですが、例えば読書をし自分の中で噛み砕いて行動に移すだけではなく、社会に発信してアウトプットする事で、相乗効果が派生的に産出されたりすれば、非常に素晴らしい事であると考えました。


『人は、なぜ他人を許せないのか?/中野信子著』

 今回は、脳科学者 中野信子先生の『人は、なぜ他人を許せないのか』の書評記事を執筆致しました。脳科学に興味のある方、他者を引き摺り下ろし合う昨今のSNS文化に不満を抱いている方には非常にお勧めなので、ぜひとも手に取ってみてください。あなたの「自己と他者」という感覚に新たな兆しが見えてくる事でしょう。

(執筆:京坂 雅)

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