【連載|高校生が現代を考える#4】真実を決めるのは誰か

【連載|高校生が現代を考える#4】真実を決めるのは誰か

 インターネットの急速かつ全世界的な普及によって、世の中の情報が多くインターネット上に置かれています。そのインターネットは、Google、Facebook、Twitterなどといった少数の巨大プラットフォーム企業によって運営され、サービス上の情報選別等もある種彼らに委ねられるようになりました。

 例えば、Twitterはセンシティブなツイートをクリックしないと見られないようになっていますが、どのようなツイートにそれを適用するかはTwitterに依存されているわけです。プラットフォーマー規制といったワードがニュースに乗るようになって久しいですが、真実といった点から、インターネットを使う上で気をつけたいことを問題提起していきます。


寡占による弊害

 インターネット上で事業を展開している企業や個人事業主は数多ありますが、それらがネット上で活動する基盤となっているプラットフォーマーと呼ばれる企業は限られてきます。例えば、ネットに記事を掲載するサービスならばGoogleというプラットフォームを利用し、ネットで商品を販売したいと思えばAmazonのマーケットプレイスや楽天市場を利用します。スマホアプリを提供したいと思ったら、GoogleやAppleのサービスを基盤として事業を進めていく必要があります。

 そして、このプラットフォーマーたちが自分のサービス内での規約を定めることができます。皆さんも、何らかのサービスのアカウントを作ったり、アプリを初めて使用したりする際には、利用規約に同意するといったプロセスを踏むはずです。ほぼ例外なく、BtoCのサービスでも、BtoBのサービスでも規約が存在します。

 インターネットの発達によって、コンピュータひとつで事業を起こせるようになり、土地、生産設備、労働力等の資本の必要性が薄れ、規模の経済が働きにくくなっているといわれていますが、プラットフォームという視点でインターネットを見てみると明らかに寡占が発生しています。具体的に言えば、EC事業を行なっている企業ならば、Amazonや楽天あたりの定めるルールに従っているだろうと推測されるわけです。

情報を得る手段として

 インターネットであらゆる作業が円滑化されていますが、その例のひとつとして、やはり情報検索があります。調べものにはGoogleを使い、話題を知るにはおおよそFacebook、Twitter、InstagramなどのSNSを使うわけです。現代では、情報はネットからしか得ないという人も珍しくなく、情報を得る手段におけるインターネットの比重が大きくなってきている今、僕らはたったいくつかの企業のフィルターのかかった情報に触れているのです。

 まだ起きていないのですが、やり方ひとつで、Googleの検索結果の最上位に表示されるページがフェイク情報になるように仕向けることもできるはずです。もちろん、倫理的に許されるはずがなく、そのようなアルゴリズムがあると発覚すればプラットフォーマーは激しいバッシングにさらされるでしょう。ただ、現時点で代替となるプラットフォーマーがいくつもあるわけではなく、かといってネットを断って生活することなどもはや出来なくなりました。

変化はバレないように

 このようなあからさまな変化だけでなく、彼らは徐々に我々の思想に影響を与えているのかもしれません。

 例えば、僕がたった一度、ファシズムを賛美するツイートにハートを押してしまったとして、Twitterのアルゴリズムがそれを見逃しませんでした。すると、何が起きるでしょうか。

 次回、僕がTwitterを開いたあかつきには、ファシズムを推すツイートがタイムラインにいくつか散りばめられていることでしょう。さらに、僕が興味を示してしまい(すぐにはスクロールしなかったなどの微妙な関心の表れ)、徐々にファシズム関連のツイートが僕のタイムラインに増えていきます。どうでしょう。僕は見事にファシズムがトレンドなんだ!!と誤解してしまうかもしれません。そして、ファシズムに加担するツイートを拡散する側に組み込まれてしまうかもしれませんね。

 コンピュータは言葉の意味を理解できない。AI議論では決まり文句となっている話ですが、アルゴリズムの行動分析は一単語レベルで行なわれているものだと考えています。つまり、コンピュータにファシズムが何を意味するかはわからずとも、僕がファシズムという言葉の入ったツイートに関心を示しているということは分かるわけです。もちろん、コンピュータにはどうしても乗り越えられない一線がありますが、それに安堵している場合ではなく、むしろコンピュータが別のアプローチをもってして僕らの行動に関する情報を手に入れようとしていることを忘れないで頂きたいと思います。

割れる意見

 ここまでいうと、極端な発言はどこかで線引きして管理していくべきだと思われた方も少なくはないでしょう。しかし、早急に手を打たねばというのはあまりにも拙速です。前回の記事にも書きましたが、ネットが発達した今だからこそ、ゆっくり立ち止まって熟考してみましょう。

 やはり、ここで絡んでくるのは言論の自由を保証しなければならない、という話です。政府が主導してネットに何らかの規制をかけ、ある特定の種類の発言は表示されなくなってしまったらどうでしょうか。言論の自由はそこにはありませんよね。活発な議論を巻き起こすためだけではなく、やはり民主主義という体制をしいている以上、たとえ少数意見であっても発言を許さないのは問題があります。Facebookのマーク・ザッカーバーグCEOも「我々に真実を決める権利はない。」と言っています。誰であれ、どこかでラインを引き、その外側の議論を許さないのであれば、それは自由権を侵害しており、また政治的メッセージにもなり得ます。プラットフォームは中立な立場でないといけないと思います。

 ただ、それでは、妙なムーブメントが起きかねないのも事実であり、言論の自由を保証する代わりに特定の個人の人権が侵害されるといったことも間違いなくおこるでしょう。実際に、今、国内外でネット規制などの議論がなされているのは、問題が現在進行形で起きているからなのです。Facebookとは対照に、Twitterはある一定程度の規制をつくることに賛成しています。

 このように、世界最大規模のプラットフォーマー間でも大きく意見が割れるような大問題に我々は直面しています。ある程度、この業界も完成してきたところで、やはり哲学的な問題が発生してきました。これから先、自動運転の技術が進めばさらに哲学的に考えさせられるような問題が多く発生してくることでしょう。考える、という行為は思いのほかしんどいです。単純作業をこなしている方がずっと楽です。ただ、これらの問題は紛れもなく、我々一人一人の問題です。意見が割れるところでもあります。問題に直面した時に一人のれっきとした個人として立ち向かえるように、考える力を養っておきたいです。

(文責:NGT @ngt_nanoka

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miyabi_kyosaka
教育実践キュレーター。慶應義塾大学在学中。NPO法人日本教育再興連盟ROJE所属。読売新聞学生記者。日本若者協議会所属。某 AO入試専門塾講師。N高等学校出身。|「未来は予測するのものではなく、この手で創る」をモットーに圧倒的行動で教育を一新しようと、教育ジャーナリズムの活動をしております。