NHKスペシャル『ふり向かずに 前へ 池江璃花子19歳』を観て。

 今回はNHKスペシャル『ふり向かずに 前へ 池江璃花子19歳』を視聴したので、その感想を簡単に記しておきます。

 この番組は約1時間に渡るドキュメンタリー映像で、池江璃花子さんを15歳の頃から取材してきたNHKにより制作されたものです。東京オリンピックでの活躍という国民からの期待を背負う中、白血病を患った彼女の闘病生活、そして、家での私生活やトレーニング、プールに帰ってくるまでの記録が映し出されています。NHKオンデマンドの会員登録をしている方にはぜひ観てもらいたい作品です。

日常が非日常になった時、日常の大切さに気づく

 このドキュメンタリーで、池江さんが何度も仰っていた言葉が「当たり前に感じている事は、当たり前じゃなくなった時にその大切さに気づく」です。今なお、11個もの世界記録を保持している彼女が放った一言であるが故に、痛烈に心に響きました。

 彼女は、当たり前に泳ぐことが出来ていた生活、朝練と午後練に追われ、水泳漬けの毎日だった頃の生活を思い出して、上述の言葉を言いました。皆さんも、昨今のCovid-19の感染拡大に伴い、大切な人と離れ離れになる場面が多いと思います。そんな「人と人とが直接話し合う」という単純な事でも、いざ非日常になれば、その大切さに気付かされます。

 私の体験談としては、非日常ではないですが、受験勉強を死ぬ気で行っていた時に観た戦争の映像や、一発の銃弾で数々の人の命が奪われる瞬間は「生きているという普段は当たり前に感じる事でも、実は当たり前じゃないんだな」と気付かせてくれた瞬間でした。

 心理学、行動経済学の世界では有名な言葉ですが、人間には「恒常性維持機能」という働きがあり、現状を維持するよう体が設計されているので、何気ない日常の生活をありがたく感じる事は、人生の中でそう多くはありません。なので、当たり前の事を大切にするのは極めて難しい事なのです。

 例えば、私は昔、アイデンティティクライシスに陥って精神病院に入院した事があります。その病室では、人との接触を完全に隔離され、トイレとブルーシートだけの一室に金庫のように閉じ込められました。そのくらい私の精神が病んでいた事もあるのですが、その空間で生活をしてみて感じた事は「空が見えるって素晴らしい」とか「誰かと一緒に食事が出来るって素晴らしい」という事でした。

 普段なら、誰かと話をしたり食事をする事なんて当たり前すぎる事かも知れないけれど、その当たり前がなくなってこそ価値が理解できるのだと。逆に言うと、今のCovid-19の災禍でしか出来ない事柄も多々あると思います。そうやって「今やってる事って、他の人でも当たり前に出来る事なのかな」と考えながら日々の生活を過ごしてみて下さい。その本当の価値が分かるはずです。

 

水泳ができないときは映画を見たり、友達と遊んだ

 池江さんがドキュメンタリーで語られていた言葉で、もう一つ重要だと感じた言葉があります。

 「オリンピックに出られなくてよかった

です。

 この言葉は、本人も 今回の映像内で仰っていましたが、普通のオリンピック候補選手から発せられる言葉ではありません。しかし、公の場に配信されるドキュメンタリーだと分かっていた上で、彼女がこの言葉を発したのには深い理由があります。

 それは、メディアや世間の過度な期待です。実際、池江さんは「自分だって皆と同じでミスをする時もあるし、記録ばかり期待してほしくなかった」と赤裸々に語っていました。メディアや報道は無作為にネタになる事象を報道したがりますが、トップアスリートでさえ精神的なストレスは感じているのです。人間なのですから。

 「ありがた迷惑」という言葉が適切かどうかは分かりませんが、過度な期待を寄せられたアスリートをストレスでおかしくしてしまう事など社会的に絶対にあってはなりません。ここは今後、メディアや報道者が議論すべき事柄でしょう。一人の人間の挑戦を外的な騒音によってかき消す事など、折角の善良な気持ちを自分で押し殺しているようなものでなのです。

 以前、キングコングの西野さんが「千羽鶴を被災地に送る人は、被災地の人の事を真剣に考えていない」や「差し入れを大量に送りつけてくる人は本当に西野のことを考えていない」と熱弁されていた時期がありましたが、正にその通りで、千羽鶴は確かに素晴らしい作品なのですが、ただでさえ生活が困窮している被災地の方々に無理やり量の嵩張る千羽鶴を送りつけるのは果たして正解なのでしょうか。或いは、ファンから大量に送られ、結局食べ切れなくなって腐ってしまう差し入れを、応援している高名な方に大量に渡す事も、本当に著名人の事を考えていると言えるのでしょうか。

 アスリートも、その活躍を報道されるのは嬉しい反面、それによる世間の過剰な期待が致命傷となって、自分のキャリアの道が閉ざされてしまう人も多々いるのだという事を今回のドキュメンタリーで深く学びました。

 

笑顔は笑顔を呼ぶ

 この番組で非常に印象的だったことの一つに「池江さんが人といるときにずっと笑顔だった」事です。最近はよく、人は幸せになるから笑うのではなく、笑うから幸せになれるとも言われますが、本当にその通りだなぁと感じました。池江さんが下を向いている瞬間は一回たりともありませんでした。

 本当に病気を患っている人の顔には見えませんでした。それくらいずっと笑っていたのです。そして、その笑顔と元気が伝播して、周囲にいる人々も皆が笑っていました。カメラ越しでも伝わるあの幸福感は素晴らしいものがありました。辛い時こそ笑顔でいる、私もそう信じ続けて生きていますが、自分が笑顔でいれば周りも本当に笑顔になるのだと強く実感しました。

 

自分が活躍する姿を見せて、病気の人を勇気付ける

 最後に、ドキュメンタリーの終盤で池江さんが語っていた今後の展望は「自分がまた活躍する事で、今までだったら普通にテレビで見ていた人だけだったけれど、今後は病気の人も勇気づける事が出来る」という事です。

 素晴らしいなと思います。私も嘗て高校で虐められた過去があり、その経験を経て、日本の同調圧力や均一性の高い学校教育を変えようと志した経緯があるので、同じ様な境遇だったので共鳴しました。

 まずは気付いた人や感じた人が率先して「自分しか味うことの出来ない経験」を共有し、その後、その様な経験を経て、今は活躍出来てる!幸せに生活出来ている!という事を示せれば、多くの人の励みになるはずです。

 ドン底の辛さは、経験した人にしか語れないのですから。


 今回は少し感傷的な表現が多かったですが、情報洪水とも呼ばれる現代には、皆さんも一度、「生き方」を振り返る時間が必要になるのではないでしょうか。

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miyabi_kyosaka
教育実践キュレーター。慶應義塾大学在学中。NPO法人日本教育再興連盟ROJE所属。読売新聞学生記者。日本若者協議会所属。某 AO入試専門塾講師。N高等学校出身。|「未来は予測するのものではなく、この手で創る」をモットーに圧倒的行動で教育を一新しようと、教育ジャーナリズムの活動をしております。