【連載|高校生が現代を考える#2】数の魔力と現代社会

【連載|高校生が現代を考える#2】数の魔力と現代社会

 私たちの日常生活において、SNSの急進的な普及は、メディアとの付き合い方を大きく変える事態を引き起こしました。良い話題も悪い話題も、あっという間に拡散され、ニュースの出どころ、情報源がSNSということも少なくなりません。そんなSNSが様々な社会問題を引き起こしていることは、すでに多くの媒体で議論されています。この記事では、もっとSNSの本質まで迫って、現代人とSNSについて論じていきたいと思います。

 今回は、若者からの圧倒的支持を誇るInstagramから、現代人の心の内を読み取っていきたいと思います。


インスタありき

 Instagramを使ったことはありますか?

 Instagramは主に画像を投稿するためのSNSとして生まれました。自分の日々の記録や、制作物などの趣味、活動を周りの人に見てもらうための場です。しかし、ストーリーズ機能が爆発的に普及しており、本来の機能というよりは、日々思ったこと等を書き綴ったり、話題作りにInstagramが利用されていたりと多様な使い方がみられます。ストーリーズに関しては、毎日日本中、世界中で合計するととても数えきれないような膨大な時間分のストーリーズが投稿されているようです。

 若者はInstagramに写真をアップするという目的で、おしゃれなお店に行ったり、海に行ったりとSNSありきの生活を送ってしまうことがしばしばあるように思えます。こちらも、一般に使う分には、友だちや、学校などの小さいコミュニティーの中での繋がりが基本的のように思えます。しかし、友だちの友だちであったり、話したことのない人どうしであったりと、顔の見えないがそう遠くはない相手とフォローし合うということもしばしばあります。

 ここでは、高校生の僕から見える現状を書きました。

 LINE離れ、という言葉もしばしば聞かれますが、若者はすでにLINEに大きな比重を置いてはおらず、個人間での会話はInstagramのDM(ダイレクトメール)を主に使っています。これは、先ほどのストーリーズに反応したことによって会話が始まったという理由も挙げられます。しかし、中高生がInstagramを圧倒的に指示していることの裏付けでもあります。

数の魔力

 そのInstagramが、昨年、投稿にいいねされた回数を本人以外に非公開にする、という大きな仕様変更を行ないました。これは、いいねの数を多く得たいがために物事の本質を見失った行動を取ってしまう人向けの、救出策だったのかもしれません。

 実際に数で表すと、分かりにくい量でも一瞬にして理解することが出来ます。例えば、Instagramのアカウントのフォロワー数であっても、誰が自分をフォローしているのかよりも、何人の人が自分をフォローしてくれているのかという方に目がいきがちになってしまうのではないでしょうか。

 この話はInstagramに限った話ではありません。Twitterでも同じことが言えるのではないかと思います。やはり、数の魔力に圧倒されてしまって、フォローバック100%をうたっているアカウントをフォローし、自分のフォロワーを増やすという戦略のようにして、自分のアカウントに表示される数を多くしようと試みる人が実際にいるわけです。また、Twitterを見ていると、フォロワーを数万人かかえるアカウントが、Twitterのフォロワーの増やし方という発信を行なっているようです。試しにGoogleで、「Twitter フォロワー 増やし方」などと検索をかけてみてください。たくさんの検索結果が出るはずです。中には、そのハウツーを有料コンテンツとして提供している人もいるようです。世間で、いかに数の魔力が浸透しているのかがよくわかります。

本質に気づかされる

 ではここで、僕自身のSNSとの付き合い方をご紹介したいと思います。

 僕が主に使っているSNSはTwitterとInstagramです。Instagramは、学校の友だちや部活で知り合った友だちなどとつながるために使っていて、始めた当初から鍵アカウントに設定していました。

 しかし、Twitterでは、フォロワー数がどうしても欲しくて、というのも、発信という活動がしたくて、自分で発信するにはそれなりの人数がフォロワーとして自分のツイートを見てくれないといけないわけです、だから、フォロワーを増やそうと躍起になっていました。

 Twitterを始めた当初は主に趣味の読書や時事関連のウェブ記事を読んでその感想をツイートしていました。読書の方が功を奏し、アカウントのフォロワーは70~80人くらいになっていました。しかし、そこでフォロワーの数に伸び悩んでいたので、Googleで様々なフォロワーの伸ばし方を検索し、実践するという日々でした。しかし、すぐには結果も出ず、100人を超えては、その大変さに諦め、フォロワー数は減少していき、またやる気に満ち満ちるとGoogleで学び、、としょうもないループを繰り返していました。そして、100人をキープすることなど出来ませんでした。

目的をはき違えてはいけない

 しかし、5月はじめ、僕が『シン・ニホン』という安宅和人さんの著書に影響されて、その書籍関連のツイートを多数リツイートしていると、同じ趣向を持った方がたくさんフォローしてくださり、フォロワー数が一気に200人に達しました。話をもとに戻しましょう。

 ここで、重要なのは、僕がフォロワー数を増やすための施策を練って行なったことが、フォロワー数の増加につながったのではないということです。僕は、あくまで、『シン・ニホン』という本に感銘を受け、どうにかこの本に書いてあるような希望ある日本を実現させたいなと思って、Twitterを触っていたのです。僕の目的はフォロワー数ではなく、『シン・ニホン』という中身にありました。

 やはり、ここで数の魔力を実感できます。それ以前の僕にとってフォロワー数を増やすということは手段ではなく目的でした。多くの人に見てもらえるような発信をしたい、という動機はどこかへ忘れており、大きな数を画面上で見ることだけを夢見ていました。しかし、実際には自分が『シン・ニホン』という書籍を多くの人に知ってもらいたい、安宅さんの考えを広めたいという想いがフォロワー数を押し上げました。フォロワー数が増えたことにより

 多くの人に発信できるようになりました。ここまできて、フォロワー数の増加が手段だったと言えますね。

双方向の矢印という嬉しさ

 もう一つ、この話で付け加えておきたいことはファン、という概念です。それまで、どれだけ頑張って、「フォロワー数の増やし方」のルールを守って、Twitterを扱っていても、自分が考えて文字数ぎりぎりまで書いたツイートが他の人にいいねしてもらえたり、リツイートしてもらえたりすることは、まず、ありませんでした。

 しかし、『シン・ニホン』関連のツイートをたくさん行なっていると、僕のツイート一つ一つに、多くはなくても、いいねだったり、リツイートだったり、コメントだったりと、反応を頂けるようになりました。その反応をくださる方は合計で10名にも達しないのですが、同じようなことに興味を持っている方ばっかりなので、自分の考えの及ばない深い内容に気づかされたり、社会経験の差から色々なことを教えてもらったりととても為になっています。特に、僕はまだ高校生ですが、相手の方々はほとんど大人として社会で働いていらっしゃるので毎日勉強になることばかりです。

 そこまで多い人数の人と毎日交流を深めているわけではないので、僕自身もはなしてくださっている方一人一人について知っています。しかし、これが数十人、数百人となっていけば、おのずとこちらからの一方的な発信でないと対応できなくなっていくと思います。大した数字が僕のTwitterアカウントに表示されているわけではないですが、小さいコミュニティーが僕の周りに自然と形成されていることによって、毎日いい意味で刺激的な影響を受けています。

 数の魔力にかかってしまい、本質からそれた余計なことに大きな力を注いでしまっては、シリコンバレーの操り人形になってしまうだけです。Twitterのフォロワー数であっても、ビジネス目的で使用する際には、いかにフォロワー数が伸ばせるかはある種の生存戦略に関わってきます。しかし、目の前の数字に踊らされすぎて、人とつながることの本質というものを見失わないように生きていくべきではないでしょうか。

 

(執筆:NGT @ngt_nanoka

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miyabi_kyosaka
教育実践キュレーター。慶應義塾大学在学中。NPO法人日本教育再興連盟ROJE所属。読売新聞学生記者。日本若者協議会所属。某 AO入試専門塾講師。N高等学校出身。|「未来は予測するのものではなく、この手で創る」をモットーに圧倒的行動で教育を一新しようと、教育ジャーナリズムの活動をしております。