SDGs-5、ジェンダー平等を実現しよう【連載|高校生が現代を考える#11】

 持続可能な社会、地球を未来に残すための目標を定めたSDGs。この連載では、17回にわたってその17の目標をひとつひとつ読み解き、向き合っていきたいと思います。現代人によって生み出された多くの問題を解決する責任は全ての人にあります。未来の世代に少しでもよい地球を残すため、ぜひ、当事者の一人として、自分にできることを考えつつ読んでいただけたらと思います。

 さて、今回のテーマはSDGsの5番目の目標である「ジェンダー平等を実現しよう」です。このジェンダー問題は、日本でも度々指摘されている問題です。しかし、歴史的な経緯であったり、精神的な部分が大きいためにその解決は難しい、というのが現状です。例えば、鎌倉時代の武家諸法度では、土地の相続が男性に明らかに有利になるように定められています。そのような流れがあり、戦後間もなくの時代にあった男性が外で働き、女性は家を守るといった価値観が私たちの頭のどこかにあるわけです。また、近年、多様性が容認されはじめたジェンダーについて、自分のそれを決めるのは自分自身であって他人には分かりづらくなってしまいます。

 それでも、すべての人にとって暮らしやすい世の中をつくるためには、目を背けるわけにはいきません。ジェンダー平等を実現するために、まずはこの問題の根源を探りつつ、解決の糸口を模索していきましょう。


SDGs-17 Goals 連載一覧

SDGs-1、貧困をなくそう【連載|高校生が現代を考える #6】

SDGs-2、飢餓をゼロに【連載|高校生が現代を考える #7】

SDGs-3、全ての人に健康と福祉を【連載|高校生が現代を考える #8】

SDGs-4-1、質の高い教育をみんなに【連載|高校生が現代を考える #9】

SDGs-4-2、質の高い教育をみんなに【連載|高校生が現代を考える #10】


問題点の整理

 前回のテーマである「質の高い教育をみんなに」と同様に、今回も「ジェンダー平等を実現しよう」という言葉を深読みし、そこに込められた国連の意図を汲み取りたいと思います。

 まず、ジェンダーという言葉に注目してみましょう。ここでは、単純に「男女問題」や「男女差別」といった比較的古い概念が用いられていないことが特筆に値します。社会に広く知られているように、LGBTQと呼ばれる人たちなどの性的マイノリティを含んだすべての人の平等が求められているということに他なりません。

 また、ジェンダーという言葉は、「性別」という日本語訳において同義語であるセックスとよく比較されます。この場合、セックスは、より生物学的な性別を意味するのに対して、ジェンダーは社会的な性別を意味しています。世の中には、生物学的には男女どちらかはっきりする人でも、精神的な側面では、生物学的な性別に合致していないという人が少なからずいます。このジェンダーという言葉を使うことで、より本質的な意味での平等を実現しようとしている様子が伺えます。

 近年では、旧来型の性のあり方にとらわれない生き方が理解されつつあります。テレビで性的マイノリティの方が多く活躍されているのを見れば一目瞭然です。また、パートナーシップ制度といった新しい性のあり方を実現させるための制度を整備している自治体が少なからずあります。しかし、性、特に男女の区別は外見によるところが大きく、ハラスメントが社会的に悪と見なされている現状であるので、自分がふとしたときに相手を傷付けてしまうのではないか、と怖気づいてしまう人も少なくないでしょう。

複雑性に対して

 ここまで書いてみるとわかるように、この問題は複雑に絡み合った問題だといえます。十分な食事にありつけるかどうか、学校に通えるかどうか、といったYES or NOで答えられる、程度を数字にできるような単純な問題ではありません。多くの人が、自問自答を幾度となく繰り返し、たどり着いたところにその人の現在の性の捉え方があるわけで、それは外からはわかりにくいものかもしれませんし、図らずも受け入れられないものかもしれません。性はグラデーションとはよく耳にしますが、多様性が認められているからこそ、やや複雑な問題なのです。

 履歴書に男女を書く欄が設けられているのはおかしい、という論を目にします。実際に、仕事の採用・不採用において男女どちらかは全く問題にならない場合が多いでしょう。ゆえに、最近では、アンケート調査などでも性別の欄に男、女以外の第三の選択肢が設けられています。これは、明らかに社会が性的マイノリティに対して寛容になった証拠です。しかし、男女という二項対立の構造になっているからこそ、わかりやすい世の中だった、という意見があります。それを絶対悪と見なすのは、僕は拙速だと思うのです。

 例えば、学校で男子、女子に分けられる場面は少なくありません。体育の授業では、生物学的な男女間の体力、筋力等の差異が大きいためそれぞれに授業が組まれていることが多いです。もちろん、僕もそのようなことを経験してきました。他にも、人数がきれいに半分ずつに落ち着くことの多い男女、という分け方は多用されています。

 そのような時に、自分のジェンダーを持ち出して、どちらにも属さないなどと申し立てるのは果たして本懐でしょうか。少なからず、両者が、つまり性に寛容な論者と保守的な論者のどちらもが譲歩しなければならないと思うのです。

男女問題

 ここまで、性的マイノリティについて主に取り上げてきました。しかし、ジェンダー平等に関する問題が日本で取り上げられる時には、男女平等の問題の方が多く持ち上がっているように思います。例えば、国会議員の男女比、企業の役員の男女比、労働者の待遇差別、産休・育休の問題などです。そこで、世の中を単純に男女の二項対立の構造で見たときに発生している問題についても見ていきましょう。

 まず、国会議員や企業の役員といった地位に男性が偏っているという問題です。日本は、この分野において非常に悪名が高く、ジェンダー平等が実現されていない国として知られているということは言うまでもありません。一方で、福祉国として知られる北欧のスウェーデンやノルウェーでは、国会議員などの男女比がおおよそ均衡に落ち着くという状況です。このような北欧の国家では、歴史的に見ても男女格差が小さかったようです。

 この解決には、もちろん社会的な風潮の改善が必要でしょう。今の日本は、誰がどう見ても明らかに男が社会的に高い地位を占めています。しかし、この問題の解決を考えた際に、次のような解決策が提示されるのを度々目にし、僕は非常に驚くことがあります。「議員の立候補数が男女平等になるような法を定めるべき」「企業役員の女性比率を〇%以上にしなければならないという法律をつくるべき」

 これは、社会風潮を変えるには時間がかかるために法的なある種の強制力を駆使して、不平等を是正させようと試みているのでしょうが、僕は、この問題の根本的な解決が成されない限り、そのような施策をとっても無意味だと思うのです。

 同様の話に次のようなものがあります。刑法によって罰せられないために人を傷つけないというのはおかしい。法が守るためのものになってしまっている。

 本来、人を傷つけるという行為は、道徳に反しています。道徳に反しているという人々の共通認識があるからこそ、人を傷つけることはしてはならないことなのです。ゆえに、人を傷つけてはいけないという法ができ、国家の誕生とともにそれは法律として定められます。 しかし、人間社会の道徳が法律として、それを侵した時の罰が定められた今、その法律を守るのは罰を受けないため、という社会になってしまっているということです。

本質的な解決を

 もし、議員数や企業の役員数に対して、男女比の基準が法律で定められたとしたら、それを守らない者は社会的な罰則を受けることが予想されます。しかし、その罰則を受けないために女性が「うまく利用される」、あるいは男性が「うまく利用される」などといった状況になってしまったならば、実質的にはジェンダー平等は実現していません。やはり、日本中の人々のジェンダーに対するあらゆる抵抗や遠慮を取り払って、マインドを変えないことには解決には至らないでしょう。

 もちろん、日本人の大多数の心の中身を変えることは全く簡単なことではありません。しかし、このジェンダー問題だけでなく、環境問題でも、少子高齢化問題でも、日本は他の国に先がけて新たな課題へと立ち向かっている課題先進国なのです。さらに、日本は海外から持ち込まれた文化に寛容で、自然に融合してしまうという独特な国民性を有しています。もっと言えば、このジェンダー問題は、すでに広く認知されており、かつ、解決に向けて動き始めている分野であります。

 その他文化に対して寛容な国民性を存分に発揮し、諸外国に対して遅れをとっている男女平等への実現に向けて努力が必要です。ジェンダーという定義するのが難しい部分であるからこそ、ジェンダー間、個人間にある障壁を取り払い、一個人を個性に満ち溢れた一人の人間として接することが、SDGsの5番目の目標である「ジェンダー平等を実現しよう」を解決する小さくも大きな一歩なのだと僕は確信しています。

(文責:NGT @ngt_nanoka)


– 参考文献 – 

・『SDGs|目標5 ジェンダー平等を実現しよう|性別による差別だけではない / SDGs JOURNAL』
  URL:https://sdgs-support.or.jp/journal/goal_05/ (2020.06.29)

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miyabi_kyosaka
教育実践キュレーター。慶應義塾大学在学中。NPO法人日本教育再興連盟ROJE所属。読売新聞学生記者。日本若者協議会所属。某 AO入試専門塾講師。N高等学校出身。|「未来は予測するのものではなく、この手で創る」をモットーに圧倒的行動で教育を一新しようと、教育ジャーナリズムの活動をしております。