SDGs-8、働きがいも、経済成長も【連載|高校生が現代を考える#14】

 持続可能な社会、地球を未来に残すための目標を定めたSDGs。この連載では、17回にわたってその17の目標をひとつひとつ読み解き、向き合っていきたいと思います。現代人によって生み出された多くの問題を解決する責任は全ての人にあります。未来の世代に少しでもよい地球を残すため、ぜひ、当事者の一人として、自分にできることを考えつつ読んでいただけたらと思います。


SDGs-17 Goals 連載一覧

SDGs-1、貧困をなくそう【連載|高校生が現代を考える #6】

SDGs-2、飢餓をゼロに【連載|高校生が現代を考える #7】

SDGs-3、全ての人に健康と福祉を【連載|高校生が現代を考える #8】

SDGs-4-1、質の高い教育をみんなに【連載|高校生が現代を考える #9】

SDGs-4-2、質の高い教育をみんなに【連載|高校生が現代を考える #10】

SDGs-5、ジェンダー平等を実現しよう【連載|高校生が現代を考える#11】

SDGs-6、安全な水とトイレを世界中に【連載|高校生が現代を考える#12】

SDGs-7、エネルギーをみんなに、そしてクリーンに【連載|高校生が現代を考える#13】


 さて、今回のテーマはSDGsの8番目の目標である「働きがいも、経済成長も」について論じていきたいと思います。昨今は、人工知能やロボットの生活への応用が急速に進行しており、僕らの仕事が奪われるという危機感が広まっています。もちろん、単純労働などのいわゆるマニュアル化できる職務はコンピュータが担っていくと言われており、一方で僕らはもっとクリエイティブな部門を担っていかなければなりません。

 GAFAに代表されるIT企業は、その華々しい業績にとどまらず、社員の働き方でも脚光を浴びています。一人一人のデスクが決められていなかったり、働く場所として以上の設備が整えられていたりと、世の中の最先端を走る企業ならではの新しいアイデアを生み出しやすいような環境が整えられているわけです。知的な創造によって価値を生み出す人が増えていくこれからの時代では、人が仕事に求めるものは、単に労働対価だけにとどまらないでしょう。経済を発展させる上で働く意欲も持続させていくために、今回は、その両者をともに追求する術を探っていきたいと思います。

イケてる職業

「労働」と「仕事」という、似たような意味を持つ言葉があります。しかし、こうして並べてみると何故か「労働」の方が「仕事」に比べて過酷なイメージではありませんか?皆さんがどのようなイメージを抱いたのか定かではありませんが、僕は「労働」という言葉が厳しいもの、苦しいもののように思え、何故か灰色のイメージがこびりついています。おそらく、僕の中では「労働」という言葉から「社会主義」が連想され、失敗した過去の経済体制としてのイメージが湧き上がるからだと思います。

 歴史の上では、ソビエトに代表されるように社会主義という経済の仕組みは失敗に終わり、資本主義が生き残って今に至っています。今の、コンピュータによる自動化が進む時代において、社会主義の方が最適なのではないかという議論がありますが、資本主義がこれほどまでに成熟した社会をつくりあげてきたゆえに、僕たちは相対的に社会主義には後ろ向きのイメージを抱いてしまいます。世の中の評価は大方そのようになっているのではないでしょうか。その社会主義を掲げたソビエトは、計画経済を推し進めたことで非効率で官僚主義的な経済運営になり、その他様々な要因が重なった結果として労働者の働くインセンティブが失われ、崩壊してしまったわけです。

 いくら必要最低限の生活が保証されているとはいえ、生活の中で大きなウエイトを占める「労働」に対して好感が持てなければ、僕らは生活に希望を感じられないのではないでしょうか。大企業に就職した人と中小企業に就職した人の間で相違はあるでしょうが、日本人は平均で2回転職すると言われています。待遇や勤務地など、人々の転職には様々な要因が考えられるでしょうが、いずれも働くインセンティブの工場につながるのではないかと考えられます。

 子どものなりたい職業ランキングでは、医師、学校の先生、○○屋さん、警察官などの子どもたちのすぐそばにいる人たちの職が人気でした。しかし、ここ数年ではトップにユーチューバーがランクインするようになったことで非常に話題になっています。子どもたちが見ているユーチューバーの姿は、どれも楽しそうに遊んだり、ゲームをプレイしたりしているのでしょう。もしかしたら、将来、楽しいことができたらいいなという子どもたちの願望が表れているのかもしれません。

世界に目を向けると

 働きがいの重要さを理解していただいたので、ここでSDGsの根本である世界の諸問題に目を向けてみましょう。日本と他の国との関係を考えてみたところ、少し興味深いことに思い当たりました。

 世界でIT革命が急進的に進んでいる中、日本は現在でも製造業に経済を頼ってしまっているという批判が散見されます。そんな製造業ですが、実際にモノをつくる工場は海外にあるという企業も少なくありません。むしろ、中国や東南アジアなどの、日本国内に比べて生産コストを低く抑えられる国に工場をつくっている企業の方が多いのではないかと思います。

 そうなると、日本で企画を立て、製品を開発し、生産は国外で行うという構造になっています。すなわち、製品が世に出るまでのうちの知的な、クリエイティブな部分は日本で行ない、肉体を動かして製造するのは海外に委託するということです。これでは、海外で雇われている工場労働者は、毎日同じような作業を繰り返しやっていくだけで、その国の経済がある水準まで成長したあかつきにはその仕事に満足感を感じられなくなるのではないかと僕は思います。人工知能や産業用ロボットが大いに発展した影響を直に受けるのは、僕ら先進国に暮らす人よりも、発展途上国で頑張っている人たちなのではないかと考えられるわけです。

 もちろん、コストを極力までに抑えることで、消費者も助かりますし、その企業も市場での競争で生き残れるかもしれません。しかし、もう当たり前のようになっている、製造は海外というこの生産システムは、合理的であるがゆえに個人における倫理的、精神的なものは見逃されているのかもしれません。経済成長によって多くの富が生み出されて幸せを感じることができるかもしれません。ただ、本当にそうでしょうか。皆さんはどうお考えになりますか?

働きがいと経済成長は対極にあるか

 もう一つ、考えておきたいことがあります。それは、働きがいと経済成長は、互いに相反するもの、すなわちトレード・オフの関係にあるのかということです。それ以前に、僕たちが働いているときに、働きがいというものを感じるのはいったいどのような瞬間なのでしょうか。

 僕が思うに、働きがいというものは、自らの職務が達成されたときという条件に加えて、その職務に対して、主体的、能動的に取り組めたことという条件を満たしたときに感じられるのだと思います。例えば、その日にこなさないといけないノルマがあっても、それが上司に命令されてやるだけの仕事ならば、業務終了時の解放感は感じられるかもしれませんが、働くことそれ自体に快感を感じることはまずないでしょう。そのためには、自分が本当にやりたいことが仕事となっている必要があるのだと思います。

 そうは言っても、みんなが自分のやりたいことを仕事にできるほど、この社会は甘くはありません。頑張っても採用してもらえないこともあれば、資格試験等に合格できないこともあります。しかし、毎日生きていくために僕らは働かなくてはなりません。そうなってくると、全く興味のないことや、自分の苦手なことを仕事にしなければならない人も少なからず出てくるでしょう。

 僕が思う、そのような状況の解決策はこれから述べることに尽きます。これは、僕らがやりたくないことに直面した時全てに共通していえますが、やはり、まずはいくらやりたくないことでもやってみることが肝要だと思います。とりあえず手を動かしてみる、とりあえず10分だけ考えてみる、そんな小さなことで構いません。そして、やってみると意外と面白かったり、出来なかったことが出来るようになる過程においてでさえも、僕らはちゃんとやりがいを感じることができます。もともとやりたくなかったようなことの中に、自分から「やりがい」「働きがい」を見出だしてみるのです。それでも、やりがい・働きがいが見つけられなかったら、その時は最終手段として転職等別の道を探してみるとよいでしょう。

 この話で、もう一つの問いにも自ずと答えが出せるようになりました。つまり、僕らが社会のどの部分を担ったとしても、そこに自分自身で働きがいを見出だしていけば、そこには働くインセンティブがきっと生まれるはずです。そのような人が増えていけば、社会全体として仕事に対して前向きになり、それが経済成長へと結びつくはずです。つまり、働きがいと経済成長の関係性は、ひとえに僕らの心の持ちようによりけりといえるでしょう。

 最後に、もう一度世界に目をむけてまとめていきたいと思います。先ほど述べた、発展途上国における将来的な働く意欲の低下への懸念についてです。今、途上国に暮らす人々は、明日をつなぐために必死になって働いています。そして、その努力はきっといつか実るものであり、今は発展途上国であってもいずれは先進国と同じような社会、同じような生活を手に入れるでしょう。すると、そう必死にならずとも、明日の食事くらい何とかなるといったように、目前の危機感が薄れて彼らはその時の生活や仕事に疑問を持つこともあるでしょう。そのような時に、彼らが今ある状況、自分の今の職業に自分から意義を見出だせるならば、それは彼らの手に入れた心の豊かさであると言えます。

 同様に、今の日本においても、いじめ、虐待、自殺など心の豊かさが最大限保たれているとはとても言い難い状況であり、誰しもが不安を抱え、悩みを持ち生活しています。そのような閉塞感が、当たり前の毎日さえも奪ってしまうのはほんの些細なきっかけによります。あなたの周りの大切な人が、これからも心身ともに健康で過ごせるように、その人のおかれた人生に一緒になって意義を見出してあげられれば、きっとよりよい社会を築けるはずです。

 本題とは少しそれましたが、一個人として、ほっといても勝手に成長してしまう社会経済に対して、自分がその餌食にならないように、そして周りの人が、世界がその餌食にならないようにしっかりとした軸と、生活の中にぼんやりと漂っている意義を見つけ出す能力が求められているのではないでしょうか。

(文責:NGT @ngt_nanoka)

画像引用元:
外務省『持続可能な開発目標(SDGs)と日本の取組』PDFより
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/SDGs_pamphlet.pdf

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miyabi_kyosaka
教育実践キュレーター。慶應義塾大学在学中。NPO法人日本教育再興連盟ROJE所属。読売新聞学生記者。日本若者協議会所属。某 AO入試専門塾講師。N高等学校出身。|「未来は予測するのものではなく、この手で創る」をモットーに圧倒的行動で教育を一新しようと、教育ジャーナリズムの活動をしております。