SDGs-17、パートナーシップで目標を達成しよう【連載|高校生が現代を考える#23】

 持続可能な社会、地球を未来に残すための目標を定めたSDGs。現代人によって生み出された多くの問題を解決する責任は全ての人にあります。未来の世代に少しでもよい地球を残すため、ぜひ、当事者の一人として、自分にできることを考えつつ読んでいただけたらと思います。


【連載|高校生が現代を考える】SDGs編 Back Number
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 さて、今回のテーマはSDGsの17番目の目標である「パートナーシップで目標を達成しよう」です。

 いよいよ、SDGsの最後の目標にたどり着きました。ここまで環境問題や貧困問題など、今の世界に山積する様々な課題について取り上げてきましたが、最後に「パートナーシップ」という言葉で、これまでの16の目標を達成していく過程について言及しているのには特段の理由があるはずです。今回は、その理由を探り、そしてよりよい世界を目指して定められたSDGsを総括していければと思います。

グローバル化とパートナーシップ

 今となっては当たり前のことかもしれませんが、21世紀、僕らはグローバル化という言葉なしに世界を語れなくなりました。二度の世界大戦を経験し、資本主義陣営と社会主義陣営間の冷戦を経た世界の歴史は一転し、統合へと舵をきりました。より自由な貿易を掲げ各国の経済は互いに依存し合った状態となり、インターネットの普及により、個人間のつながりが容易に国境を越えるようになりました。

 しかし、トランプ大統領の誕生で、米中間の新冷戦とでも呼ぶべき新たな覇権争いが浮き彫りになりました。また、アメリカが自国第一主義をちらつかせる一方で、中国は発展途上国への支援を拡充させていき、一帯一路などの新しい経済圏を構築すべく奔走しています。アメリカと中国という二つの経済大国を筆頭に世界が二極化しているといえます。もちろん、バイデン新大統領の誕生が世界に何をもたらすのかは、まだ未知数です。

 ただ、これまでに幾度となく繰り返してきたように、SDGsで取り上げられているような課題は、そのいずれもが地球の存続に密接に関わるものであり、かつ、地球上のすべての人に関係しているものであります。地球温暖化、経済格差、自然破壊など一つの国だけで太刀打ちできる問題ではありません。国際協力なくして、SDGsの達成は成されないのです。歴史的、あるいは思想的な問題で国と国の間には様々な対立が生じることは仕方のないことですが、それでも地球規模の大きな問題を前にして、手を取り合わないわけにはいきません。

国の問題は僕らの問題

 トランプ大統領は、対中貿易に対して巨額の赤字が発生してるとして一方的に関税をかけたり、アメリカ国内の知的財産が盗まれているとの疑いをかけて司法的な手段に打って出たりしてきまきた。これら一連の米中対立は、それぞれの国民が努力したところで、そう簡単に解決できるわけではなく、ましてや我々日本国民は手の打ちようがありません。しかし、アメリカの人々も中国の人々も好んで互いに対立し合っているのでしょうか?

 僕が思うに、そうではなさそうです。トランプ大統領も、自国にとって利益を生み出そうと、よく言えば国民によりよい暮らしをと考えたときに中国がその障壁となっていたのではないでしょうか。トランプ大統領は、そのことで十分すぎる批判を受けているのでこれ以上論を展開することはしませんが、何かを追求する代償として他国と対立しなければならない、という状況に陥っているのは米中間にとどまらないと僕は思います。

 生活が便利になることは良いことかもしれません。国内の富が増えることは幸福度を増加させる要因になりうるかもしれません。しかし、それが他を排することによって、つまり誰かを攻撃したことによる結果だとしたら、市民は素直に喜べるでしょうか。

 現実的に、ミサイルが飛び交っているわけでも、血の流れる戦闘が繰り広げられているわけでもありませんが、自国の利益を求めて他国を批判したり、何らかの手段に打って出るのは手段は違えど戦争と何ら変わりがないのではないでしょうか。第二次世界大戦が終結し、冷戦の代理戦争となった幾つかの戦争も決着がついた今でも、目にみえない戦いは続いているのです。世界は何らかの利益を求めて争わずにはいられないようです。でも、インターネットが発達した恩恵も享受しつつ、僕ら市民一人一人が他国に暮らす人々と友好の輪を広げていったのなら、やってくる未来は変わるかもしれません。

原点に立ち返ると

 ここで、この連載のSDGs編がなぜ始まったのか、というところを振り返ってみたいと思います。僕は一つひとつの目標を取り上げて、執筆していく前に、これからSDGsを取り上げていくことを記していました。それがこちら(【連載|高校生が現代を考える#5】SDGs、持続可能な成長へ)です。僕自身、この最後の記事を執筆するにあたり、この最初の記事を読み返してみましたが、少し驚きました。それは、このSDGs編を始める時点では、全体の方向性が明確に定まっていなかったからです。実際に「僕自身、持続可能な社会を模索するためにも、これから執筆に精を出していきたいと思います。よろしくお願いします。」と結ばれています。

 この連載も始まって、これで23回目となります。だいぶ続けてきたなと思いますが、最近になって自分の執筆に関して気づいたことがあります。それは、書き進めていく中で自分の主張をつくりあげ、確立させていっているということです。たしかに、僕は書き始める前にしっかりと主張や構成を定めているわけではありません。そのせいで、最初の方はよく校閲の時点で、最初に方向性を明確に、と指摘されていました。その上で、先程の引用部でもわかるように、この連載自体に最初から明確な方向性や僕自身のメッセージがあったわけではないのです。

 しかし、一つひとつ、記事を書いてきた中で、僕も色々なことを考えてきました。まずは、この17の目標の達成がどれだけ難しいことなのか。人間が何百年も何千年もかけて壊してきた社会も環境も、僕らはあとわずか10年で持続可能な形にしていこうとしているのです。しかし、それがどれだけ無理難題であろうと、僕らが責任を持って取り組まないわけにはいきません。

 そして、何より僕が考えたことは、それぞれの目標自体、すでに巷でも議論され尽くされたような認知度の高い課題であるということです。誰もがその深刻さについて理解しているのです。僕自身、学校教育の中で幾度となく教わり、その解決の重要性について考えさせられてきました。それは高校生になった今でも同じです。企業や地方自治体などでも積極的にSDGsの名前のもと、事業を行うことは多いでしょう。しかし、教科書で環境問題に関する文章を読んでも、新聞で社会問題に関する記事を読んでも、そこにある解決策がもう決まり文句になっていると感じます。

 僕は、そこに問題意識を感じるようになりました。

 そこで、本連載では、できるだけ僕独自の論点で、僕自身のソリューションを読者の皆様に提示できるよう、努力してきたつもりです。考えてみれば、このように本当に自分の中で考え抜き、何かの課題解決に躍起になる経験は学校教育ではなかったようにも思います。少しアクティブな授業を受ける時でも、また作文を書く時でも、語り尽くされた論点を用い、行き着く結論がぼんやりと存在し、そこに誘導されていくわけです。僕は、所詮、高校までの経験しか持ち合わせてませんが、しっかりと自分でものを考え、何かに向かって本気で取り組んでいる大人がたくさんいるかといえば、そうではないでしょう。

 一度でも、本気で考え抜くと、あぁ自分は今までこんなに考えたことはなかったなと痛感します。僕も、連載のうち、すべての記事で全力を尽くせたのかというとそうとも限りません。ただ、自分の中から捻り出して書き上げたものは、今でも自分の中ではっきりと記憶に残っています。

 そして、何よりSDGsは世界中の人が各々力を尽くして取り組んで、初めて一歩、また一歩と前に進むのです。幸いにも、日本人にはその潜在力があります。それは少し街の様子を眺めてみただけでわかります。なぜなら、みんなマスクを着用しているからです。これほど、社会の危機を共有し、解決のために力を合わせられる僕らが持続可能な社会の実現へとベクトルを合わせるには、もうあと少しなのです。どれだけ、今の社会が危険な状態にあるのか、もっと認識を深めていかなければなりません。

改めてパートナーシップとは

 さて、ここで、今回の本題である「パートナーシップで問題を解決しよう」に立ち返って考えていきましょう。

 幸いなことに僕らはパートナーシップを強固なものにするためのツールを温めてきているのです。それは、他でもない、SNSです。ここ数年、さまざまな媒体で批判の的になっていますが、1人の高校生としての僕の感触を聞いてください。

 匿名性、誹謗中傷。空虚で極端な意見。毎秒ごとに流れる膨大な量の情報。情報に溺れ、完全に受動的になる。趣味趣向がすべてデータ化される。そんな言葉で悪者扱いされていますが、本当にそうでしょうか?

 僕らは、もう小学生の頃より、十分と言っていいほど、インターネットやSNSの危険性、その正しい使い方について学んできています。しかも、僕らの大部分はSNSをよりクローズドなものとして利用し、みんなとつながるためのものだと認識しています。学校で会った時の話題の発端になり、時間や場所を超えて悩みを解消することもできます。もちろん、SNSが原因でトラブルが発生することもありますが、SNSは僕らをより強固にしてくれます。

 SNSとは多様性を認め、時空を超えて僕らは一つだと教えてくれるものなのです。急進的に成長したSNSと共に僕らは育ってきました。SNSを見ていると、どこまでも空虚で虚しい大人は余るほど見掛けます。しかし、個人レベルの話であり、同時に地球規模の話であるSNSの潜在能力を使わないわけにはいきません。SNSは、尖ったものを排除する場にもなれば、多様性を受容し一つの世界を作り上げられる場にもなります。結局、SDGsには僕らの内面的な課題の方が大きいのかもしれません。ここまで書いてきた僕は、どうやらそのようだと確信しています。今一度、世の中というものを再考し、本当に大切なものを見極め、それに向かって行動することのできる人間としての「たいせつなもの」を一人ひとりがつくり上げていくべき時が来ているのではないでしょうか。

(文責:NGT @ngt_nanoka)

画像引用元:
外務省『持続可能な開発目標(SDGs)と日本の取組』PDFよりhttps://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/SDGs_pamphlet.pdf  (2020.08.05)

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