Student Voice #1 『教育について 18のぼくから』松本ロメル

今回から『Student Voice』が始まります!

このコーナーは、小中高生や大学生、時には教員や講師の方など、教育現場に関わる人達から「今の日本の教育についてどう感じているのか?」という生の声を頂戴して発信し、教育界に一石を投じようという企画です!
※基本的には、学生・教員生活に支障のないよう、参加して執筆してくださる方は匿名で配信致します。

この度『Student Voice』を開始する理由は、日本の教育に関心を抱く人を増やして、日本全体で教育界を盛り上げたいからです。
日本の学校教育は先進諸外国と比較した場合、かなり遅れていると指摘されており、その原因は、ICT教育の導入遅延であったり、画一主義的な教育環境であったりと多岐に渡ります。
しかし、世間の教育に関する討論番組を見れば、いつも登壇している方はITのスペシャリストや校長先生ばかりで、実際に毎日学校に通い、教室の中で生活をしている生徒や先生の声が届いていないのではないかと感じています。
だからこそ、今回「実際学校教育ってどうなの?という生の声を届けるために」この企画を始めさせて頂きました。
皆様が教員や教育関係者なら、普段は聞くことの出来ない多様な「生の声」が聞けるのではないでしょうか。

この『Student Voice』は、毎週水曜日に配信していく予定です。ぜひ私も書かせて下さい!と言う方がいれば、ドシドシ応募を受け付けております!応募は運営者京坂のTwitterDM(miyabi_media)にご連絡くださいませ。

記念すべき#1(第1回目)は、京都の大学に通う松本ロメルさんです!

【松本ロメルさん Profile】
・松本ロメル(マツモト ロメル)
・京都芸術大学に在籍中 
・趣味は、映画、音楽(主にブラックミュージック)、哲学
 彼はnoteやFacebookで発信活動もされています!note(ronmel)、Facebook(profile.ronmel)

それでは、ここからはロメルさんにバトンタッチします。


 

『教育について 18のぼくから』松本ロメル

 

先日知り合った、教育キュレーターの京坂雅さんからお誘いがあり、「今の学校に感じていること」について記事を書かせていただくことになりました。このご縁に感謝したいと思います。

僕は今、大学一回生ですがこれまで受けてきた教育を踏まえて、考えたことを綴ろうと思います。

競争原理の教室

僕はこれまで12年間学校に通ってきました。学校で過ごしてきた中で、やっぱりこれはおかしいな、と思うことがあります。それは、人間を点数化し、序列をつける競争原理です。

これのどこかが悪いかというと、まずこの競争原理に基づく教育は、学ぶことの目的をテストで良い点が取れることにしてしまうのです。

学びの過程や、なんのために学ぶのかなど、そんなことはどうでも良いのです。テストの結果さえ良ければ、なんとなく日本社会では「偉い人」になれるんです。そこで学生たちもホッとしてしまう。しかし、これが本当の学びの姿なのでしょうか?

そもそも、何かを比べるという際には、質的に同じものでないと比べることはできません。これは、小学校の算数で習うことです。果たして人間は皆、質的に同じでしょうか。

学校の勉強というのは、様々な学びの中の一つだと思います。学びには様々な種類がある。例えば、僕は先月から一人暮らしを始めましたが、最近は料理を学んでいます。料理なんて人生を生きていく上でかなり重要な技術です。これも立派な学びのはず。

でも、今の学校の教育はテストに出ること以外はあまり重要視しない。だから、たまたま勉強が嫌いなだけで、あたかも人間としてダメかのように、劣等生の烙印を押されてしまう。勉強が嫌いでも、自分で本を読んだり、暮らしの知恵を知ったり、たくさん人と話して自分なりに人生を理解しようとする、そんな子でも劣等生なのでしょうか。劣等生ということば自体がナンセンスなのですが。

僕の通っていた中学校の近くには、家庭学校がありました。たまたま仲が良かったクラスメイトでそこに住んでいる子がいました。その子は、いわゆる「ヤンキー」と言われている子で、教員からも冷たい目で見られていました。学校も給食だけ食べに来る、ということもありました。

教員のイメージはどうか知りませんが、このクラスメイトはすごく友達思いで、面白い子でした。

あるとき僕はその子の家に遊びに行ったことがありました。その子の部屋に入ってびっくりしました。机の上に本がたくさん積まれていました。僕が本読むんだね、と聞くと、本はずっと好きなんだよね、と言っていました。当時、あまり本を読まなかった僕は本当にびっくりしました。

僕は、彼と話すことが好きでした。それは彼から生きるヒントがもらえる気がしていたからです。彼の家庭環境は複雑で、大変な子ども時代を送っていました。彼が、その中で気づいたことや、悟ったこと、そういう話を聞いていると、いかに彼が「生きる力」を持っているのかが伝わってくるのです。

彼は、確かに学校の勉強をしませんでした。でも確実に、「生きること」に真剣に向き合い、その中で学んでいました。学校で行われる知識の一方的な授受を拒否しただけで、劣等生なのでしょうか、「学ぶこと」というのはそんなにしょぼいことなのでしょうか。

彼に会った頃くらいから、学ぶことというのは学校だけに留まらない、大きなものなんじゃないか、という感覚を持ち始めました。

生きることは学ぶこと

学びというのは、生きることと同じ地平で考えられると思うんです。

どんなに頭の良い人にとっても人生は難しいんです。難しいから、たくさんの発見があり、またたくさんの後悔があり、たくさんの学びがある。生きることは学ぶこと。学問もこのような、生きることは学ぶことという地平から出発できるはずですです。

自分の興味・関心のある事柄を切り口に、学んでいく、そのような過程で学問も必要になってくる。学びは、このようなプロセスそのもの。

誰より、優れてるだとか、誰より劣ってるだとか、どうでも良いじゃありませんか。そんな簡単な話で人生を片付けるのではなく、しっかり苦しさも、喜びも、味わって、それを学びに捉えられる、そんな人生が歩めるように、子どもや、学生に背一杯学ぶ環境を作る。それが教育、学校の役割なのではないでしょうか。

まだまだ、教育について思うことはたくさんあります。また機会があれば書きたいと思います。

最後に僕の好きな、文章を貼っておきたいと思います。

「教材がその子に合った適切なもので、そして指導もまた適切な場合、一人一人の子が自分の力いっぱいに読み、調べ、学びます。ほかの子どもと比べて、できるとかできないとかがまったく頭に浮かばない所に、しばし身を置いているのです。それは、ほんのひと時で、また下品なことを考えたり、つまらないことにくよくよしたりするところに戻ってしまうでしょう。
 けれども、たとえひとときであっても、そういう世界から離れた体験をさせることの値打ちは大きいと思います。誰よりも優れているとか劣っているとか考えるのは、一種のゆるみです。そんな優劣を超えた、いわば優劣のかなたで自分の学習にひたることが大切なのです。
 そこでこそ子どもは成長し、その実感と喜びを知るのだと思います。」
                大村はま「灯し続けることば」(小学館)より


皆様もロメルさんの意見を参考に、改めて教育について考え直してみませんか?

応募もドシドシ待ってます!運営者 京坂のTwitterDM(miyabi_media)にご連絡くださいませ。

次回の配信は来週水曜日となります。

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miyabi_kyosaka
教育実践キュレーター。慶應義塾大学在学中。NPO法人日本教育再興連盟ROJE所属。読売新聞学生記者。日本若者協議会所属。某 AO入試専門塾講師。N高等学校出身。|「未来は予測するのものではなく、この手で創る」をモットーに圧倒的行動で教育を一新しようと、教育ジャーナリズムの活動をしております。