【東京タワーは何のために建っているのか】サクッと雑学思考

 雑学紹介シリーズ雑学思考では、雑学を単なる雑学で終わらせず、既存知(知っていること)とを自分独自で「統合」し、「思考」するプロセスを重視しています。学校や塾の授業で使ってみてね。知って終わりを卒業し、知って・・・知って・・・もっと知って・・・・・・、最後にメチャメチャ考えよう!


 今回は、日本の観光名所としても非常に著名な東京タワーが、何のために建設され、現在はどのような取り扱いに移行しているのかを詳細に見ていきます。意外な側面がテンコ盛りなので、ご一読下さい。

Ⅰ 東京タワーの誕生秘話 〜どんな事由で建設された?〜

  東京タワーは、東京都の港区芝公園にある、総合電波塔の愛称です。ココ、重要です。東京タワーとは正式名称ではなく、愛称なのです。正式名称は「日本電波塔(ニッポンデンパトウ)」と呼称されます。創設者は前田久吉さんという方です。歴史的大家の方って「前」という文字が付く人多いですよね。

  建物全体の高さは333m(サンサンサン)で非常に記憶しやすい数値の設定になっています。地上から約150m約224mの所に展望台が設置され、前者を大展望台、後者を特別展望台と指称します。料金制ですが、公開されている展望台なら誰でも登ることが出来ます。完成された時には、建物の高さに関して、当時の日本でも最高級の高さを誇ったお化け煙突という、何だか面白い名前の煙突を抜いて、日本一の電波塔になりました。まぁ、現在では東京スカイツリーに抜かれていることは周知の通りですがね。

  建物内の特徴としては、ルックダウンウィンドウという、床から直に地上が展望出来る仕組みが採用されており、高所恐怖症の方々や心臓疾患を抱える人には推奨出来ないエリアです(観光スポットとして身体的危険性を与える場所を設置することには疑義もあると思いますが)。

 タワーの最下部である地上部分にはフットタウンという敷設型の商業施設(お土産屋さん、チケット販売機 etc)が内装されており、家族連れやカップルに大人気のスポットです。

 では、東京タワーの誕生ストーリーを簡潔に要約していきます。

 先ず最初に、当時の東京都内では、テレビ放送がスタートしており、放送局が独自で電波発信用の鉄塔を建設していました。しかし、当時の一般大衆や各種関係者によって「電波塔が林立し過ぎて街の景観が損なわれているねん!」という類の批判が殺到してしまいます。加えて、当時は手動式のアンテナを操作する必要があった為、アンテナをどこに向けるかという方向性も、錯乱していた電波塔に応じて随時入れ替える必要性があった為、非常に手間がかかりました。

 そこで遂に、当時の政治家・実業家だった前田久吉さんが立ち上がり、「よっしゃ、一発解決したるで!」と日本電波塔会社という名の法人を起業します。それにより、かつてのように各地で交錯していた電波塔たちは鉄塔一本化の道を辿り、綺麗な景観へと整備が推進されました。

 当時の電波塔工事に要した人員の総数としては、とび職人なども含め21万人もの人々が関わっていました。当時の日本は東京タワーの建設場所周辺にも高層ビルやオフィスタワー等は存在せず、閑散とした雰囲気だったそうです。そして遂に、着工開始からたった1年半程度で、念願の日本電波塔、その名も東京タワーが完成することとなります。竣工年度は1958年でした。

 現在では京都府などが積極的にインバウンド顧客を中核とした景観の整備制度を促進していますが、観光のニッポンとも言える我が国が、東京タワーのように大切な景観を整備することは、対外的な海外向けの商品価値という方向性だけではなく、国内の景観維持に対する批判にも呼応し続けてきたという事実を立証していますね。

Ⅱ なぜ東京タワーと言うのか 〜 一般の公募があったの!? 結局タレントが決めたんかい!〜

 完成間際、日本電波塔会社を中心とした一般公募を行なった結果、8万件以上もの公募投票が殺到し、多数の票を獲得した例として「昭和塔」「日本塔」「平和塔」などがありました。しかし、結果的には当時のマルチタレントで有名だった徳川夢声という方のイチオシという名の一存で東京タワーに決定したようです。これ、東京タワーっていう名前じゃなかったら普通にブレイクしてない感じしますね笑

 ちなみに、東京タワーの建築物としてのモデルケースはフランスパリのエッフェル塔で、エッフェル塔は312mの高さでした。さらに雑学を加えると、当初の東京タワーは、全世界的な比較に於いても、自立型電波塔としての高さは世界1位だったのです。最後に、実際の中枢的な建設者は前田久吉さんですが、一応の右腕として鹿内信隆さんというフジサンケイグループ会長を経験したメディア界の大御所もいらっしゃったようです。

 高さに関しては、世界一観光スポットを設計するぞ!という意気込みより、むしろその高さに計算して設計せざるを得ない電波環境だったとも言われています。面白いですよね。

Ⅲ 東京タワーのいま 〜何のために建ってるの!?〜

 最後に、現在の東京タワーがどのような役割を果たしているのか、簡潔に紹介いたします。

 今の東京タワーは一言で言えば、本業が終了した観光スポットです。少し残酷な言い方にも聞こえますが本当なのだから仕方がないのです。アナログ放送を主軸的にの本国民が使用し続けていた時代には、テレビ電波塔として必要不可分な存在でした。ですが、放送大学という団体が2012年度以降から、全面的な地上波放送から衛星放送への主格電源移管という方針を決定して以来、テレビ電波塔としての役目は終えました。

 さりとて、FM放送ラジオ電波局としての送信は継続され続けています。他にも、災害時や天変地異、天災の時などに東京都押上に建造された東京スカイツリーの代打役として機能することが期待されています。

 いかがでしたか。東京タワーと一口に言っても、20万人以上の関連事業者が肩を取り合い、戦後日本経済の復興活動に向けて突き進んだ証が遺跡として残存し、今での「東京の顔」として屹立し続けています。今ある資源をどう活用し、未来世代へ継承していくか、単なる雑学インプットで終わらせないよう、徹底的に熟慮しましょう。

【シンキングタイム】

 では最後に、記事を一読した後、ただ一読するだけで終わらず、立ち止まって考える時間を設けてみましょう。例えば、読後の探究に役立ちそうな質問の例をあげてみます。

⑴ 前田久吉さん以外の人が担当しても良かった東京タワー建設計画ですが、なぜあえて前田久吉さんという政治家、実業家の方々が中心的に従事されたのか。

⑵ FMラジオ放送局とテレビ放送局の電波塔の違いは何なのだろうか。ラジオの方が負荷が低いなどという差分が存在するのだろうか。

⑶ なぜモデルとなるアーキテクトをエッフェル塔に選定したのだろうか。エッフェル塔以外に東京的な世界の建造物、建築設計はたくさん存在したはずじゃないか。

⑷ なぜ東京都港区の芝公園に建設することにしたのか。実際東京都の中心は皇居や東京的が内接される千代田区付近などではないだろうか。

⑸ 東京タワーは建設当時の電波塔による収益構造と同等の利潤が獲得可能な経済的な循環系システムを現在の観光スポット(もしくはラジオ電波塔)としても維持し続けられているのかどうか。

【補足】

 東京タワーは威勢良く建設工事開始を謳ったものの、建造開始直後に建設基準法の違反(高度制限の限界抵触)で、一度全般的な中長期的計画が頓挫致しました。ですが、郵政省大臣着任直後の田中角栄氏によって「そんなもん、煙突や広告塔的な工事物と同型的だろ」と指摘し、その一存で東京タワー再建開始に至りました。

 

参考文献:『東京タワー/Wikipedia』  
     『東京タワー|昭和のシンボルの知られざる歴史、建設背景や役割/男の隠れ家

筆者:Masaharu Sumida @miyabi_media

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